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白翁物語 その3

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白翁は寝入ってしまっていた。もっと老人だって事考えてやればよかったな、などと少し後悔した。
古い壁掛けの時計がぼーんと30分の時報を打った。
表通りを走る車の音と遠くに走る高速道路のうなり、それに時々通る電車の警笛
「あ、炬燵に入ってよ。寒いでしょ?」

「ううん、全然」
時子が茶とみかんを炬燵の台上に置いた。

「じいじは今山に行ってるし、ばあばは農協で味噌作ってるから、今は誰もいないの。弟はどうせ部活で遅くなるから」

「あら、あなたも長女」

「美希も?」

「うん。うちは父子家庭だから私より弟の方がしっかりしてるけどね」

「まあ」

「でも、ほんと、助かったわ。白翁、いきなり顔が青くなるから」

「おじいさん白翁っておっしゃるのね。ひいじいちゃんとひいばあちゃんが亡くなってからお年寄りがあまり来なくなったから、じいじ喜ぶわ」

「そうなの」

「晩酌相手がいれば誰でもいいのよ」
時子がくすっと笑って見せた。

「私も宿題する気になれなかったから助かったけど」

「この家って見かけより大きいのね」

「うん、うなぎの寝床みたいに奥が深いの」

「蒲原も宿場町だったんでしょ?」

「そう、本陣もあるよ。規模で言えば由比よりも大きかったんだよ。蒲原の方が」

「そうなんだ」

「でもさ、見ての通り、山と海に挟まれた町だから大した産業がないのよねぇ」

「そうなんだ」

「うちはみかん農家なんだけど、有機栽培とか低農薬とかいって、大変な割には儲からないみたいよ」

「時子もみかんやるの?」

「私は残払いのときに手を貸すくらい」

「残払いって?」

「ほら、みかんって、冬に収穫するでしょ? 甘夏とかは違うけどさ」

「年がら年中あるものだとばかり思ってた」

「種類によって微妙に時期は違うよ。極早稲なんかは秋に出しちゃったりするし、青島やぽんかんが普通くらいかな? 12月」

「へえ」

「でね、12月になると色のいいのから切っていくんだけど、1月過ぎると霜が降りちゃってみかんが傷んで売り物にならなくなるんで12月の末に全部切っちゃって倉庫に並べておくの」

「それが残払い?」

「そうそう。オレンジ色の山が緑色に戻っちゃうからね。一目で自分の仕事の成果が見えるわけ。でさ、木の一番てっぺんに切り残したのがあったりするとがくってくるの」

「なんで?」

「あ、みかんの木って見たことない?」

「私の家には柿の木しかなかったからね」

「観光農園なんかだと高さを押さえてるけど、うちのは結構のばしてるから3〜4mになるの。それも斜面に。脚立をかけるのも面倒でさ、よじ登るでしょ?」

「うん」

「私は見たとおり結構重いから枝が重みに耐えられずに裂けちゃって、ばきばきってみかんと一緒になっておっこっちゃうの」

「まあ」

「大丈夫、私は人より頑丈だし、地面がやわらかいからね」


玄関先に車が止まり勢いよく玄関が開いた。

「じいじだ」

「おう、帰ったぞ、ん?時子の友達か?」
「そうだよ。美希が由比からおじいさんを連れてきてくれたぞ」

その声にあわてて白翁が起きて居住まいを正した。
美希はそれを見て吹き出しそうになったが、こらえて
「はじめまして」
と座礼をした。
が、そのじいじは行儀のいい娘の友達よりも、白翁を見て大喜びをし、

「時子、今朝もらったバラムツがあるだろう。それで1杯やるまいか」

といきなり酒飲みの相談を始めた。

「ほらね」

時子が美希を見てにやりとした。

「うーん、帰るの遅くなりそうだなぁ」

「泊まっていけばいいじゃない」

「そうだそうだ」
時子のじいじが諸手をあげて賛成した。

「これもなりゆきか」

「そうそう」

「美希、どうせじいじたちは飲み始めたら長くなるから、夕食はこっちに運ぶから、一緒に食べましょ。のん兵衛たちは土間の方へどうぞ」

「へいへい」
時子のじいじと何が起きたのかよく理解していない白翁は奥の土間の方へせきたてられた。



まあ、たいしたもてなしも出来ないけんど、掛けてくんな。
時子、コップ2つもってこい。それから冷蔵庫にバラムツの刺身とシラスの釜揚げがあるだろう。

何をやりなさるんで? ほう、何でも飲める。それはいいですなぁ

それじゃあ、正雪の限定ものがあるんで、そいつをどうぞ。

時子、俺のほうのコップは湯を入れてくれ。ああ、いつもの通りだ。
なぁに、ちょっと健康上の理由って奴でここのところ焼酎一本なんで、気にしないでぐいっと。
いい酒でしょう、35%まで精米したなんていってましたから。
時子も一緒にどうだ?

あ? 馬鹿いうなって・・・・・・ いっちまった。

いやぁ、いつも晩酌の相手がいないときはあいつに相手させようとするですが、すぐ逃げられちまいましてね。
まぁ、女って奴は酒飲みが嫌いなんですなぁ。

戦争ですかい?
いやぁ、ちょうどその時分は大陸の方でしがない商売をやってたりしたんで。

うちのじいさんと隣のじいさんは行きましたよ。

そうそう、浜松の高射連隊に入ったんで。
浜松の連隊ってのはご存知かもしれませんが、日清日露からあったような歴史ある連隊じゃないんで。

緒戦は連戦連勝で、シンガポールからイギリスを追い出したりインドネシアからオランダを追っ払ったりして、どんどん広くなっちまって、気が ついたときには敵のほうが空母も飛行機も多くなっちまって、空母から発進したB25に空襲されたりしたもんだから、大急ぎで作った泥縄の連隊なんで。

それで、本当なら静岡の第34歩兵連隊へ行く筈だった連中が召集されてみたら浜松だったってわけなんですよ。

新蒲原の駅前に、今でこそマックスバリューなんてでかい店舗がありますが、昔は日本軽金の工場くらいしかなくって、そこの山の上にも高射砲の陣地がありましたな。
どうです、この魚、脂が乗ってうまいでしょう。

昔はこのバラムツは毒魚だって言うんで食っちゃいけないことになってましたが、何年か前に食ってもいいってことになったんで。
ふぐのような毒じゃなくって、この脂でもって下痢したりした人がいたんですな。
魚の辞典に? いやぁ載っちゃいないでしょう。毒魚の図鑑があれば載ってるでしょうが。

寒くなってきましたな。ストーブでもつけましょうか?
え、寒くない?
ずいぶんと寒さに強いんですなぁ。
お、時子どうした?

なんだ焼きそばを作るのか。お前の豚肉入りの焼きそばは絶品だからな。

え、お世辞言っても食わしてやんないよだって?
ばかいうない。

そういえば、何をやっている方で?
ほう、画家ですか。
いやぁ、芸術には疎くってねぇ。みかんのことならわかるが、絵のことはさっぱりわかりゃしない。
お互いそれぞれの専門馬鹿ですかな?

じいじと一緒にするな?時子も言うねぇ
ええ、時子は孫で、あれの両親は働きに出て遅くまでかえってきやしません。
今はみかんだけじゃ食っていけなくてキウイに変えたりいろいろやってるところもありますが、うちはしつこくみかんだけをやってるってもんで、あれの両親が生活費を稼ぎに行ってるんですよ。

作品名:白翁物語 その3 作家名:田子猫