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白翁物語  その1

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「そうそう」

「へぇ、俳諧か何かをやるの? それって号でしょ?」

「号か。そうかもしれんな。郷と化け物は見たことがない・・・・・・ なんて洒落は美希ちゃんにはまだ無理か」

「知ってるよ。刀のことでしょ?」

「美希ちゃんには刀がわかるのかい?」

「これでもじいさん、じゃない、白翁のとこへ来ない日は図書館の常連なんだからね」

「それはまた・・・・・・ 学校の図書館にずいぶんむずかしい本を置いてるんだな」

「違う、県立図書館だよ。こう見えても私は刀や火縄銃のことには詳しいんだ」

「今時の女学生は変わった趣味を持ってるんだな」

「んなわけないじゃん。私一人が変わり者なんだよ。おかげで彼氏が出来なくて花の日曜日にこんなところで愚痴を言っている」

「こんなところとはごあいさつだな」

「ほら、私にしちゃうまく切れただろ?」

美希は机に飾り切りをした林檎を置いた。

「ほう、ウサギさんだね」

「皮ごと食うんだぞ。朝の林檎は金だって言うからね」

「まあ、健康にはよかろうな」

「そうそう99まで生きる気があるんだったらちゃんと食いな」

「ほう、今まで誰にも言ったことがないのによくわかったね」

「自分でさっき言ったんじゃん。白翁って。白はしろだから百マイナス1でしょ」

「その名の由来とはちと違うが、まあ、そう思ってくれていてよかろう」

美希はふと思い立ったように立ち上がり、テレビの横に置いてあるCDデッキのふたを開けた。

「なんかリクエストある?」

「美希ちゃん、きょうはいられるのかい?」

「遊園地なんかで満足する歳は卒業したから、今日はここで少しのんびりしていく」

「そうだな、まずは亡き王女のためのパヴァーヌなんてのはどうかな?」

「あ、私ラヴェルはパスね」

「何でも好きなものをかけるといいよ」

「じゃあ、G線上のアリアをかけようっと」



「クラッシック喫茶?」

戦友の山下上等兵が汽車の時間まであと3時間ほどあるから、最近新しく出来た店へ行こうと言い出したのだ

「貴様は酒も下戸だが女も下戸じゃないか。せっかくの日曜に慰安所に行かずに散歩している馬鹿がいると噂されているのを知らぬわけではあるまい」

「そういう貴様こそいつも街中をほっつき歩くのはどういうわけだ?」

「俺は山崎と違って女下戸ではない。ゴムと軍票を持って整列して待つのが馬鹿らしいだけだ」

「で、クラッシック喫茶?」

「そうだ。コーヒーを頼むと蓄音機で好きなレコードをかけてもらえる。どうだ」

「モダンだな」

「だろう。1曲で戦場の1週間分くらいは忘れられるぞ」

「よしいこう。山下、最初は貴様が注文してくれ」

「おう、ドイツとイタリアの名曲はたいてい揃っているからな」

「山下の注文の十八番はなんだ?」

「バッハさ。今時の奴はベートーベンを聞きたがる奴が多いから俺がG線上のアリアを注文したときは店主が大喜びしてくれてなぁ・・・・・・」



「おい、白翁」

美希に脇腹を突っつかれて夢の世界にいたことに気がついた。

「いくら年が離れてるからって、女が横にいるときに居眠りはないだろう」

「すまない、いつから隣に座っていたんだ?」

「最初の曲をかけたときに、隣いいかって聞いたら頷いたんじゃないか・・・ ははぁ、あの時はもう居眠りのこっくりだったんだな」

美希は口で言うほどには怒った顔をしていなかった。
もちろん俺は相手が若いからといって侮るつもりはない。
なんと言うか・・・ 美希の存在が俺の気に障らない、そういったところか。

「美希ちゃん」

「な、なんだよ改まって・・・」

「浜松というところへ行ったことはあるか?」

「浜松? ああ、静岡県だね」

「桜海老が獲れるのか?」

「さぁ? 知らないけど、たしか美由紀がそっちの出だったと思うから、聞いておくよ」

「忘れてしまってもかまわぬよ。ただ、知り合いが昔そこにいた、というだけのところだから」

「白翁の友達か?」

「戦友さ。原隊は違うが、同じ戦場で出会った」

「白翁は戦争へ行ったのか?」

「昔は徴兵制だったからな。戦場で伍長にまで昇進したよ。といっても今の人たちにはわかるまいが」

「覚えておくよ。よかったら調べてくるから、どこの戦場か教えてくれない?」

「ニューブリテン島のツルブといって、ニューギニア側の方だ。ダンピール海峡の北側を制するところだ。島の反対側には要塞化された有名な基地があった」

「基地?」

「ラバウルさ」

「親父にでも聞いたほうが早いかもな」

「お父上の御年は?」

「もうすぐ60」

「ではあまり期待しない方がいいな。その年では戦場を知らぬよ」

「そうなんだ」

「あ、歴史の先生がいた」

「教師か・・・ 多分あまりいい顔はされぬだろうよ」

「何で?」

「理由は、美希ちゃんが学校を出てから教えてあげるよ」

「ははぁ、悪口に類することだろう。白翁が答えを濁すときって大体がそうだからな」

「いつもながら、鋭いね、美希ちゃんは」

「そういうのは同じ年代の男子に言ってもらいたいんだけどなぁ・・・」




「同じ年?」

「そうよ、兵隊さん、あんた今年20でしょう? あたしもそうさ」

「よく俺の年を知っていたな」

「あら、有名よ」

「俺がか?」

「島に来てからやっと慰安所へ来るようになった奴がいるって」

「ああ、それは本当だ」

「ところで、ここは何をするところか知ってるんでしょ?」

「あたりまえだ」

「あんたはここでも有名なのさ。10分間話だけして倍の軍票を置いていく変な兵隊だって」

「話は嫌いか?」

「そんなことはないわよ。有名なのは悪い方じゃないってこと。あたしたちは1日に何十人もの客をこなすんだもの。あんたが来てくれると息がつけるし、稼ぎもよくなるからね」

「そういうものか」




「おい、白翁」

「あ、また寝ていたか?」

「違う。女のことを考えていただろう? そういうのは勘でわかるんだからな」

「図星だ。気を悪くしたかね?」

「いや、全然。ただ、白翁が想う女性ってのがどんな女性だったのかは気になるな」

「今考えていたのは慰安所にいた女だ。好きなタイプというわけではなかったが、結構気がいい奴が多かったな」

「慰安所ってなんだ?」

「ああ、赤線のことさ」

「赤線?」

「今風に言うと、トルコかな?」

「白翁、そんなことを言うとトルコ人が怒るぞ。いまはそういう場所はソープっていうんだ」

「ソープ? 石鹸か?」

「連想はつくだろう。一発やるだけのところだよ」

「美希ちゃん、よく兵隊言葉を知ってるね」

「兵隊言葉?」

「女と一発やるなんてのは兵隊言葉さ。ちなみにコンドームの商品名は突撃一番」

「あはは」
美希はからっとした声で笑い出した。

「突撃一番はいいや、こんど美由紀たちに教えてやろう」

「なんだ、学校でそういう話をするのか?」

「そうだよ。今時の女の話なんて彼といつやったとか、どうするといいとかさ」

「昔と違ってずいぶん開けっぴろげなんだな」
作品名:白翁物語  その1 作家名:田子猫