小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ぱんぷきん
ぱんぷきん
novelistID. 38850
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

君へ

INDEX|9ページ/18ページ|

次のページ前のページ
 

「大した理由なんてないんすよ。ただ、衝動的にやったってだけで。両親に迷惑をかけるつもりでもなかったし、スリルを味わいたいわけでもなくて、たぶん、空っぽで満たされていない心を埋めたかったのかも」
「万引きなんてことをしても埋まるわけないよ」
「それは実際やってみてわかった。空虚っていうんだろ? こういう気持ち」
「ああ、その通りさ。空しいものだろう? なにも生み出しはしない。しかし、空っぽの今ならなんだって詰め込めるんだ。でも、少しでも罪の意識があれば、その重さによって心はすぐに空になる。だから、自分で正しいものを見つけ、そうして心を満たすんだよ」
 でも、僕だってまだまだ心が満ちているわけではなかった。少年は俯いていた顔をゆっくりと僕のほうへ向け、「ごめんなさい。やっぱり俺が間違ってた」と言った。それは、僕が待っていた言葉だった。
「そうか、僕はその言葉だけで満足だよ。あとはなんとかするから、ほら、両親がいるのなら、待ってくれている人のもとへ帰るんだ。僕は君を咎めないから」
「ありがとう、本当にごめんなさい」
 僕は少年の肩に手をよせ、静かに案内し、裏口からそっと帰してやった。槻木がそれを見て、馬鹿野郎、と言ったけれど、実直なはずの彼は僕を糾問することはなかった。上司への報告は、槻木が口裏を合わせてくれたおかげで僕の行為が明るみに出ることもなくて、僕はとても槻木に感謝した。そして、あの少年に対し僕は、二度とするな、ということは言わなかった。心の空虚さを感じることができた少年には、なに一つ言う必要がなかったのだから。

   3

 今でも、携帯電話を見るたび彼女のことを思い出す。なにも知らないままの僕は勝手に想像を膨らませ、彼女を美化するばかりだった。
 仕事を終え、嘆息を漏らし僕の部屋まで夜道を一人歩いていると、ふと、僕の部屋の明かりがついていることに気づいた。晴実だとすぐにわかった。もう、僕らの関係は完全に終わったのだろうと思い込んでいたけれど、彼女が部屋で待っている。少し、僕の表情がほころんだ。
 マンションの階段をわざと靴音を響かせ上がる。晴実へのサインだ。鍵を開けて中に入ると、入り口で向かえるようにして「お帰り」と晴実は微笑んだ。僕らはたまに喧嘩もするけれど、なぜか謝るということをしたことがなくて、こうやって晴実が僕の部屋に上がりこんで僕を待っているのが仲直りのしるしだった。僕は晴実を拒絶しない。喧嘩してすぐに部屋にいることは今までに絶対になくて、苛々とした気分も消え、僕の心が落ち着いた頃に彼女もやって来る。いつも絶妙のタイミングだった。そうして何事もなかったかのように僕ら二人は寄り添い、軽く口付けを交わすのだった。

「いつだったかなあ、一週間ほど前だったと思う。僕が万引きを捕まえたんだ。高校生の男の子だったよ。僕も始めての手柄だったし、いや、厳密に言えば手柄とは違うのだけど、でも、貴重な体験をしたような気がする」
「あら、それはおめでとう。ちゃんと警察に届けて懲らしめてやった?」
 ソファの上で晴実はコーヒーを一口飲んだ。
「いや、そのままそっと帰してあげたよ。どう言えばいいのか、その男の子も色々と悩んでいたのだと思う」
「ふうん。甘いのね。あたしだったら親にも警察にも学校にも報告して懲らしめてやるわ」
「はは、そうすれば心底懲りるだろうね」
「当然よ。どんな些細な悪事だって社会的制裁を受けなければいけないわ。たとえそれが未成年であってもね」
 晴実も以外と正義にあふれた真面目な性格だったのか、といまさらになって気づき、僕は煙草に火をつけた。
「疲れてる?」
 ゆっくりと紫煙を味わう隙も与えまいとするかのように晴実は訊ねた。
「ん? まあね」
「泊まっていいでしょ?」
「ああ」
 こうやって、彼女が訪ねて来たときは大抵同衾する。もしかすると、晴実は僕と性交することで今のところは幸せを感じているのかも知れず、だから僕はそれを拒絶しなかった。僕には晴実に対する深い愛情がないのだからせめて身体で――。きっとこれが彼女を憐れんでいるということなのだろう。


 メールをやめてから三ヶ月。僕は彼女に会わないようにするために、店の界隈を通ることを避けていた。でも、あるとき、ちょっとした用事で店の前を通ったんだ。僕はなにか不思議な力に惹かれるように自然にウインドウ越しに店内を見た。そこには彼女がいた。彼女も僕を見ていた。一瞬にして僕は胸を締め付けられ、動きを止めかけたけれど、それでも視線をそらし、歩(あゆみ)を進めた。彼女はいつもと同じだった。遠くだったせいで特徴的な瞳のあの不思議な模様まではわからなかったけれど、僕らがほんの数秒視線を交わしたのは事実だ。
 帰りは店の前を通らないように遠回りした。部屋に戻ったとき、僕はまたしても心が蜜に侵食されていくような気分になった。「再会を願って」というフォルダに保存したメールアドレス。その再会の願いとは、ずっとずっと未来のことだったのに、僕は体中を巡る血液が一挙に心臓に押し寄せたようなそんな張り裂けそうな気持ちを、しかし確実に押さえ込みながら、メールを送ってしまったんだ。「君を見た。よかったらまたメールをして欲しい」という内容のものを。
 返事は来た。「あたしも見たよ。久しぶり、元気だった? ほんとに全然お店に来なくなったね」と、僕にはとても明るい語調に感じた。そして、「またお店においでよ」というメールまで来たんだ。僕は正直、嬉しかった。また彼女の笑顔に触れられるのだと思うと少し悲しくて、でも、今すぐ会いに行きたい気持ちだった。それでも僕は数日我慢した。そのときは、同じことを繰り返すような気がして、そして結末がなんとなく予想できたからだ。
 やっぱり、彼女は朗らかだった。満面に笑みを浮かべ、僕を見てくれた、指が触れた、背を向けているときは身体に触れて挨拶もしてくれた。僕は、できることなら、全ての商品を買い漁りたかった。それでも、いつも余計なものを買っていた。多く買えば買うほど、レジスターでバーコードを読み取る作業をする彼女を見つめることができるから。釣銭を受け取り、去り際には彼女は僕を見てくれた。僕も見つめた。ほんの一瞬――。嗚呼、その一瞬で彼女とわかり合うことが出来たのなら、彼女の心、彼女の全てを知ることが出来たのなら!
 僕は退店するときに、ガラスに映る彼女の姿を見ていた。自動ドアが開いて外に出てからは、店先の左向かいにあるカラオケ店の屋根に大きな花火のような電飾が乗っかっていて、いつもそれを見た。彼女へのほんの少しの願いを込めて――。


「ねえ、イラストの仕事は順調なのかい?」
 僕は、そういえば最近、晴実が仕事の話をしなくなったように思えて気になった。
「ええ、順調よ。あ、そうそう、報告があるのよ。今度ね、うちの事務所が大手出版社の仕事を一挙に引き受けることになったの。有名な雑誌よ。あたしはそれにイラストを描けるのよ。これはチャンスだわ」
「へえ、凄いね。よくわからないけど、なんのチャンスになるんだい?」
作品名:君へ 作家名:ぱんぷきん