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ぱんぷきん
ぱんぷきん
novelistID. 38850
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君へ

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 他のコンビニエンスストアーに通うようになって、仕事にも慣れ生活も安定し、一ヶ月ほども経つと僕の心もずいぶんと平静を取り戻しつつあった。それでも、小説は書いていたし、未来で会いたいという気持ちは強く心を占めていた。いずれ、連絡する日が来るはずなのだから、僕は彼女に送ったメールと彼女から届いたメールだけを消去し、メールアドレスは「再会を願って」というフォルダを作り、そこに一つだけ保存した。たぶん、僕は一人夢見ていただけなのかも知れなかった。


 晴実が僕の部屋から飛び出して行った次の日、僕は職場で初めて万引きの犯人を捕まえた。盗ろうとしたのは漫画本十冊。なんと図々しいことだろう。その犯人は制服を着た高校生の男の子で、今風にだらしのない感じのお洒落をし、短く、ほんのりと茶色い髪は美容院でカットしているに違いないと思える清潔さがあった。そして、その学生は明らかに挙動不審だったんだ。いや、僕の目が不振な態度を見抜けるまでに成長したということなのかも知れない。僕がそれとなく警戒を促すと槻木も目を光らせて、ああそれは、まるで鼠を捕らえようとする猫の目に似ていた。
 それからすぐに少年はことを起こした。わき目も振らず、学生鞄にどっと十冊一掴み入れたのだ。まさに大胆不敵。そして僕がしっかりとこの目で犯行を確認すると彼が店を出るのを待ち、何食わぬ顔で数歩進んだところを制止し、僕と槻木とで御用となった。彼はまったく無抵抗だった。詰問すると、素直に鞄を広げて見せたのだから、万引き犯とはこういうものかと落胆した。正直言うと、取っ組み合いの騒動に発展するかと思っていたし、少しばかり望んでいたのかも知れない。昔憧れた刑事のように格好よく振舞いたかったんだ。と言っても、一対一での勝負だったとしたなら、日頃から授業やクラブで体を鍛えられている高校生に勝てる自信などなかったのだけれど。
 上司に褒められ、ならばと願い出ると、バックヤードで僕達が話を訊いてもいいという許しが出た。実はこの書店は万引きの被害が実際のところ多くあったそうで、バックヤードにある机の引き出しには万引き犯への尋問マニュアルのようなものもあった。そのマニュアル帳を槻木に渡し、僕は勝手に尋問を始めさせてもらった。心は緊張と驚喜で埋まり、鼓動は毛細血管まで伝わり、強く震わせるようなものだった。
「さて」
 僕は言った。六つか七つほどしか変わらない年齢の少年は髪をいじり、バックヤードの壁中に貼られてある伝票や注文表といった紙ばかりを見ているようだった。
「万引きは初めてか? 歳はいくつだ? 名前は?」
 警察ドラマのように少し横柄な態度で訊いてみた。
「万引きは、ん、と、一回目かな、歳は十七で、名前は……伊藤、隆」
 少年は訥々と語った。不謹慎なのかも知れない、しかし、僕はぜひとも黙秘をしてもらいたかったんだ。なのにこの少年ときたらぺらぺらと。
「嘘じゃないだろうな。学生証かなにか身分を証明できるものはあるのか?」
「ないよ」
「家の電話番号は」
「知らないね」
 よし、と思った。
「知らないじゃないんだよ。あまりこういうことはしたくないけど、親を呼べないとなると、警察に来てもらうしかなくなる。それは君も困るだろう、伊藤君」
「関係ねえっすから、どうぞご自由に」
「あのね、ご自由にじゃないんだよ。警察が来れば身柄引受人がいないと君は帰ることが出来なくなるし、ひねくれた警官が相手だったら学校にだって通報されかねない。僕は一度、学生時代にひねくれた警官に嫌というほど説教された覚えがある。いちいち関係ない話まで持ち出すんだ。あれは辛いぞ。だから、今ここで親を呼んだほうが君のためなんだよ」
 僕は結構スムーズに話せているような気がして、初めてでもなかなかうまくいくものなんだな、と我ながら感心してしまった。
「好きにしてくださいよ。警察歓迎だから」
「ふう。なんでそんなに捻くれているんだ。学校に通報されて停学になってもいいのか! 君の将来の問題にまで発展するかも知れないんだぞ」
 なんだか、僕はどんどん熱くなっているような気がして、そんな僕を見かねたのか、槻木が割って入ってくれた。
「伊藤とかいったか? いい加減、大人をなめるのも大概にしたほうがいい。だからといって、暴力を振るうわけじゃあない。俺は社会人だからな。だが、暴力を振るわずにお前を精神的に痛めつけることは出来る。言葉の暴力だ。ここにいるのは俺とお前とこの相棒だけで、だからお前が警察や俺の上司になにを言ったところで誰もお前の言葉は信じないし、助けてもくれないだろう。どうだ、試してみるか?」
 初めて見せる槻木の高圧的な態度。彼は僕以上に今の状況を楽しんでいるように見えた。少年の精神を徹底的に破壊しようとしている槻木の、眼鏡の奥に潜む目は、羽をもがれた鼻つまみ者のカラスでも見るかのような、そしてこれからさらに残虐にいたぶるかのような、なんとも言えないサディスティックなもののように感じた。
「いいっすけど、最初に言っておきますよ。俺には皮肉や罵声は効きません。そんなのはどうでもいいことでまったく関心ねえっすから」
「ほう、言うね。最初は素直に従ったかと思えばこの偏屈ぶり。面白い、二度と立ち上がれなくなるくらいに打ちのめしてやろう。あとになって後悔するがいい」
 槻木は眼鏡をきらりと光らせた。
「お、おい、ちょっと」
 僕は慌てて止めに入った。なんだか槻木が変な世界に入っているような気がして、ただならぬ空気を感じたからだ。
「なんだ」
「なんだって、いったい君はなにをするつもりなんだ? はたから見ていると、とんでもないような決闘――それこそ果たし合いが始まるんじゃないかってくらいの雰囲気だったぞ」
「ムエタイでは試合の前にワイクーを踊るだろう。それと一緒だ。ムエタイのように神に祈りをささげるわけじゃあないが、自分の気持ちを盛り上げるんだよ」
 ああ、なんとなく、頭脳明晰なはずの彼がこんな本屋で働いている理由がわかったような気がする。彼のプライベートはきっと、「多少難有り」のはずだ。 
「やっぱり僕が話をするからさ、君は入り口で煙草でも吸ってなよ」
 そう言うと、少々顔をしかめたものの、一つの微笑を浮かべて「よし」と言い、胸ポケットの煙草をまさぐりながら僕の視界から消えた。僕は大きく嘆息し、少年を、まったく参ったよ、というような笑顔でゆっくりと一瞥した。
「変な人っすね」
「僕も初めて見た姿だったよ。でもまあ、根はいい奴なんだけどね」
 少年は少し笑みを浮かべていた。
「ところでさ、なんで万引きなんかしたんだい? 売って小遣いにするとか、それともスリルを味わいたかったとか」
 いつの間にか、僕の口調は穏やかなものになっていた。少年の心を開いたように思える笑顔もそうだけど、これは槻木の計算だったのだろうか。いや、それはないかな、と槻木のサディスティックになった瞬間の凍てつく表情を思い出し、納得させた。少年は答えた。
作品名:君へ 作家名:ぱんぷきん