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ぱんぷきん
ぱんぷきん
novelistID. 38850
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君へ

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 人は、人がいなくなって初めてその人の大切さに気づくと言うけれど、例えば大切な人が死んだ場合に残るのはただの懺悔する気持ちだけで、悲劇なら悲劇なほど無意識レベルでの自己陶酔に陥るのだと考えている。あの世に行った人は当然この世にいないわけで、それでも謝ることや、死者の気持ちを勝手な想像で代弁するのは、残された者は生きねばならず、なに一つ語らず生涯悲嘆に暮れ続けるわけにはいかないからで、それは自己修復機能の一つなのだろうからだ。精神の最下層に到達すればやっぱりあとは上昇しかない。しかし、僕にはその全てが排泄行為にも似た単なる儀式に思える。だからと言って僕に悲しみの気持ちがないというわけじゃないのだけれど。事実、死別ではないものの、晴実と別れてほんの少し彼女の大切さのようなものを感じ、えも言われぬ余韻に浸りもした。しかし、やっぱり僕には想い続ける彼女がいて、いつまでもその心は変わらないはずだと思っている。だから晴実との別れの小さな悲しみは、すぐに癒されるのだろう。もし、仮に晴実との死別になっていたのなら、きっと僕は彼女を悲劇のヒロインとし、そして実際の意味での悲恋のその元凶が僕にあったことを、血を流すほど地面に頭を打ち、懺悔するのだと思う。僕は晴実にとって残酷な男だったということは嫌というほど自覚しているのだから。

 気がつくと、永原の車が見えなくなるところまで歩いていた。景色はどこまでも変わらず海があって、ふと、僕はきっとこの海を渡ることはないのだろうと思った。
 高いクラクションの音が二度聞こえ、振り向くと、こちらに向かってくる赤い車があった。それは永原のもので、後ろと隣のシートにそれぞれ女の子を乗せていた。
「乗れよ」
 僕は、なんて恐ろしい奴だ、と半ばあきれながらも驚嘆した。無邪気にはしゃいでいる女の子達を見た。三人の誰に対しても言葉が出なかった。
「おいおい、乗らないのか? 置いてくぜ?」
「あ……ああ、ごめん」
 後ろの席に乗ると、丸顔でそれに似合うショートカットヘアーの快活そうな女の子が、「どうも」と微笑んだ。均整のとれた顔立ちで、なかなかに可愛らしく思えた。永原に対してはいつも、「僕の分まで女の子は必要ないからね」と言っていたのに、でも永原に声をかけるのは大抵、二人か三人組の女の子で、正直言って、かなり迷惑していた。それでも、怪訝な表情で拒むわけにもいかず、愛想程度に遊んだりはしていた。
 どうにも気まずくて、「君達は二人で来たの?」と隣の女の子に声をかけた。すると後ろを指差し、「ほら、あの車の子達と来たのよ」と言った。見ると、白の軽ワゴン車に手を振る三人の女の子の姿がうかがえた。やっぱり永原は雄の王者だ、いや、万物の帝王だ、と思った。もう、なんだかどうでもよくなった。
 それから僕達は海を離れ、彼女達が泊まるために予約していたという民宿を訪れた。不幸なことに予約のキャンセルで部屋が一つ空いていて、僕と永原はそこに泊まることになった。つまり、五人の女の子達とさよならすることもなく遊ぶはめになったんだ。でも、さすがに五人もいれば僕をも誘惑するほどの一夜限りの愛はないだろう、と安心はしていたのだけれど。そう思うと、なにをそんなに毛嫌いしていたのだろうと不思議な気持ちになり、少しくらい楽しく話してもいいような気がして、気づけば、いつの間にか僕は永原に流されるようにして女の子の部屋にいた。
 彼女達は皆、同じ大学に通う学生で、夏休みを利用して遊びに来たのだと言った。どの女の子も若さのせいかとにかく元気があって、僕はそのパワーにのまれそうになり、警戒してしまったおかげでまだまだ笑いは不自然だった。僕は車で隣同士になった女の子とよく話をした。名前は聞かなかった。「普段はなにをしている人なの?」とありきたりな質問もあって、至って健全だった。それは当然なのかも知れない。僕が永原の悪影響のために、一夜限りの愛など不順だ、と考えていたせいで、こういう出会いは変な展開になるものだとばかり思い込んでいたんだ。それは間違いだったとようやくわかった。知らない場所で知らない人と出会い、少しの会話を交わす――、むしろ素敵な思い出になるのだろう。
 僕と仲よくなった女の子は、永原と楽しそうに会話を交わしている子達とは少し違った空気を持っているように感じた。他の四人のどの女の子よりも明朗で、そのなかには従順な妹を思わせるような可愛げのある態度があって、しかし、この中にいる誰よりも、様々なことを考え、答えを求め道を切り開いているように思えたんだ。僕はそんな彼女に感心した。少し興味を持ったけれど、それは蟻がどうやって砂で閉じられた巣穴に戻るのかが気になるのと同じ程度のもので、今僕のまわりにはその蟻を食料とするアリクイがいないというだけのことだ。
「あの人本当に格好いいね、モデルかなにかなの?」
 と僕に囁いた。
「フリーターで音楽家志望。外車に乗って羽振りがいいということ以外は僕も知らないんだ。付き合いは長いけど、彼に恋しているわけじゃないから全てを知りたいなんて思ったこともないし」
「あはは、それはそうよね。じゃあ謎の人みたいな感じなんだ」
「彼の表情を見ていたらわかるよ。ふとね、悲しい表情を浮かべる瞬間があるんだ。力尽きて海に落ちる渡り鳥を見るかのような目で」
「ロマンチストなのかしら?」
「僕は勝手に、それは生きることに空虚なものを感じているのだろうと判断していて、夢を追う者に多い表情だと考えているんだ。でも、彼はそれだけじゃあない。力尽きた鳥を見たあとには確実に、陸地を目指し飛ぶ群れを見続けている。意志をにじませる力強い眼差しで」
 僕はそう言ったあとに彼を見た。彼もまた僕を見ていて、その表情は、女の子と二人で話している僕に対し、絶対にうまくやれよ、というようなものにうかがえた。彼を褒めたつもりだったのに、こちらの気も知らないで彼は未だに僕の心を安らげようと気を遣っている。優しさはありがたかったのだけれど、一夜限りの愛なんてものを、最初から求めてはいなかった。
「素敵な人なのね」
 と彼女は言った。しかし僕は晴実のことを考えていた。彼女と付き合った三ヶ月間、愛情はあったと思う。でも、期間はどうであれ、愛情の深さについて言えば、ほとんど一夜限りの愛に等しかったのかも知れない、と憂いを感じたんだ。晴実に憎まれるならそれでもいい、それで僕のことを忘れることができるのなら、と思っていたけれど、僕は一生この罪悪を感じて生きてゆくのかも知れないと少し、辛くなった。でも、それは当然の報いというか、自らが蒔いた種なのだから甘受すべきなのだと自戒した。そして、たとえなにがあろうとも、僕は一夜限りの愛に溺れることはすまい、と自分自身の心に誓った。
「ねえ、聞いてるの?」
 彼女が僕の顔をのぞきこんだ。
「え、ああ、なに?」
「なぜそんなに悲しそうな表情を浮かべてるのって聞いたのよ」
「誰が? ああ、彼かい?」
 僕は話の状況がわからず少し慌てふためいていた。
「違うわよ。君よ君、おい、起きてるかい?」
作品名:君へ 作家名:ぱんぷきん