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ぱんぷきん
ぱんぷきん
novelistID. 38850
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君へ

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 いつだったか、彼女に恋人ではなかったものの、それでも、夢より大切な人がいるということを知った。それは彼女もまた恋をしているのだ、ということを悟らせるものだった。僕は少し残念に思うのと同時に憤慨した。なぜなら、彼女は以前に「恋愛はしたくない」と夢を強く追いかけている姿を毅然として示していたからだ。なのに、「夢よりも大切な人」、その人物と巡り会えるかも知れないということに心をときめかせているということが許せなかった。だから、「夢より大切な人を想うのであるならば夢を想い続ければいい」とメールを送った。「いつまでもプロのバレリーナになるという夢を強く想っていれば、大切な人は当然のように夢の上にい続けるのだろうから」と添えて。僕は彼女に夢は捨ててもらいたくなかった。その時分、小説はまた書き始めていたものの、才能のなさをひしひしと感じていた。でも、僕は諦めようなんてこのときは考えなかった。だからなおさらなんだ! なおさら、夢より大切なものが「ある人への想い」だと言った彼女に苛々とした。でも、「恋愛はしたくない」と最初に言ったのは、ただ僕を避けるためだけの言葉の綾というだけだったのかも知れないのだけれど――。
 そして、彼女はさらに、その大切な人のことを教えてくれた。それは、「あたしの夢をまるで自分のことのように応援してくれる人」というものだった。僕だって彼女を応援したかった。でも、彼女はバレエのことについてもなに一つ教えてくれないばかりか、会うことも拒んだのだから、どうして僕に彼女を応援することが出来ようか! 店で会えば笑顔をくれた。少し指が触れた。でも――、それだけだった。
「なぜ教えてくれないのか。僕は、どれほど……どれほど君を想ったことか!」そう叫びたかった。
 彼女は足元に到達することさえ拒み、そればかりか扉――、いや、鬱積した思いを吐露する窓さえ僕に対しては開かなかった。結局、僕に笑顔を見せようとも、彼女にとって僕はやはり一人の客で、大した存在でもなかったのだろう。また、しばらく僕はメールを送ることができなくなった。
 日々変化、成長するのが人間なのか。いや、飼い犬だって主人を変えればいずれ心も変わるのだ。女心と秋の空という言葉は僕にはなんの慰めにもならなかった。

   4

 珍しく、永原から連絡があり、僕らは車でドライブの旅に繰り出した。永原はフリーターのわりに新車の、彼の深い深い心の底に秘めている情熱でも表すかのように真っ赤な外国産オープンカーを乗り回していて、なぜか羽振りもよかった。彼は身分については深く語らない。そして、悩める心を映し出す顔がそんな彼をミステリアスに幽遠に演出する。懊悩の美青年――、僕は勝手にそう名づけたこともあった。
 春の日差しを織り込んだ爽快な風を浴び、ワインディングロードをエンジンの落ち着きのある重低音を響かせ軽やかに流す。僕は帽子を飛ばされないように両手で抑えながら、やがて視界全体に広がった、ガラスの破片をちりばめたように煌く海に心を奪われた。
「高いところから見下ろす海ってのもいいかも知れないね」
 僕は言った。
「しかし俺が誘ったとはいえ、いいのか? 仕事を急に二日も休んで」
「いいさ」
「そうか。まあ、別れた彼女とのことは海でも見て全て忘れて、それから新しい苦悩にでも満たされようじゃあないか」
 今の彼には鬱々としたものは感じなかった。それは、僕が彼女と別れたばかりで、元気付けようと気を遣ってくれているからだと思った。旅行の誘いがきたのは、もちろん偶然のことだったのだけれど。
 永原はバレリーナの彼女のことについても軽く訊いて来たけれど、僕は、未だに想い続けているよ、とだけ言った。晴実と別れたということもあってあまり語りたくなかったんだ。
 男二人で旅行というと少しその気を疑われるのだろうか。女同士の旅行とは違って、きっとそうなのだと思う。しかし、もちろん僕はノーマルで、永原もそうだ。そして、彼はリゾート地でよく声をかけられる。もちろん男にではなく、女に。今まで何度か一緒にスキーや海にも行ったけれど、それはもう見事だった。雄の王者にすら思えた。だから、最初、誰になんと思われようと、いつの間にか永原は女の子と二人でくっついているのだから気にはならない(槻木にだって永原と僕が女の子と数人で写っている写真を見せれば変に茶化すこともないだろう)。そして彼は不思議なことに、女の子の住所があるていど近所だったとしてもたった一晩しか愛さなかった。僕はおこぼれをもらうような真似もねだるような真似もしたことはなくて、それはやっぱり想い続けている人がいるからで、いや、たとえいなくともそんな軽い関係は嫌だった。
 車を止めて浜まで歩くと、人のあまりの多さに辟易した。砂浜を埋め尽くさんばかりに規則正しく並べられ干された昆布のようにして皆一様に海岸で皮膚を刺す陽光を浴び、座っている者や寝ている者、ほとんどはなにかを眺めている。僕もこの中の一人なんだ、とは思いたくなかった。子供達の歓声や波の音、裸足になると砂は熱く足を灼いた。汗が体中を流れ、僕はどうすべきか本当に迷った。
「やっぱり車にいていいかな? どうも駄目だ。あまりにも人が多すぎるよ」
「そうだな。こりゃあなんともヤバイ。芋の子を洗うようとはよく言ったものだ。女は別の場所で探そう」
「僕は別に女の子を探しに来たわけじゃないけどね」
 そうして僕らはすぐに車に戻った。どれだけ車で進んでも海岸は僕の視界の左側をずっと走っていて、人も絶える気配はなかった。しばらく行くとファミリーレストランが場所に似あわずあって、そこで昼食をとった。車に乗っているときは、人で溢れ返った海よりも風のほうが僕を絶対に癒してくれると思った。風は十分に爽やかだったんだ。
「どこまで行っても人だらけだな。海に入るのはやめておくか?」
「そうだね。きっと疲れるだけだと思うよ」
 僕らは海に入らないことを決めた。
 しばらく行くと、車道に路上駐車をしている車がちらほらとあって、永原も同じようにした。皆、車の外に出、ガードレールから眼下に広がる海を眺めていた。永原はシートを倒し、酷熱の日差しを顔だけでなく全身で受けるかのようにして、それから足をダッシュボードの上に伸ばした。
「俺はここで少し寝るよ」
「うん」
 僕は楽に海を眺めることができるように両腕を組んでドアの窓の部分に乗せ、そこに顔を軽く置いた。波の音はあまり聞こえず、人のざわめきがなによりの壁だった。僕は永原に断り、道を少し歩いた。汗でシャツは重くなっていて風をいつも以上に気持ちよく感じた。帽子をかぶりなおし、煙草に火をつけ、少し海を眺めると僕はまた歩いた。
作品名:君へ 作家名:ぱんぷきん