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ぱんぷきん
ぱんぷきん
novelistID. 38850
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君へ

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 顔に出したのはまずかったかも知れないのだけれど、浮かれていると勘違いされたくなかったので槻木には真面目な顔を向け軽く謝っておいた。それから書店から少し離れた並びにあるアクセサリー店で、閉店作業に終われていた店員に無理を言い、尋ね、ルビーのネックレスを売ってもらった。晴実は「プレゼントなんていらない」と言っていたものの、それでもやっぱり僕はあげなければいけないような気がした。

 電車に揺られ、入り口の窓から外を見る。いつも見慣れている景色だ。でこぼこの黒い家々の輪郭の中に浮かぶ黄や白の光。僕はその光の色合いをそれぞれの幸せに比例している、と決めつけた。そうやって見ると、世間は幸せにあふれているようでもあった。
 改札口を出ると、晴実が人だかりの中に僕を探していた。
「やあ」
 と僕は声をかけて晴実の笑顔を待った。自然な行為だった。待ったかどうかを形式的に尋ねると、今来たところよ、と彼女も形式的とも思える返事をした。しかし、メールが届いた時刻からすれば、やっぱりそれほど待っていなかったのかも知れない。
「一緒に帰ろうなんてまたどうしたんだよ」
 僕は敢えてこの場では誕生日のことに触れなかった。知っていてわざと聞くなんて少し意地が悪いかとも思えたけれど、プレゼントは晴実の喜びそうな雰囲気のときに渡したかったから。
「うん、ちょっと……ね」
 明らかに自分の誕生日を意識しているふうに思えた。それから僕らはゆっくりと歩き、晴実は黙ったままだった。家まで駅から半分程度の距離を残したときに少しの不安が僕の頭をよぎったんだ。それは、晴実が、僕が想い続けている彼女の働いているコンビニエンスストアーに、なにか買おうと入りやしないかということだった。僕は自己保身をだけを考えてしまった。これが、いけないことだったんだ。案の定、晴実はコンビニエンスストアーで買い物して帰ろう、と言った。
「買いたいものがあるなら買ってから来るといい。僕は先に帰って部屋の掃除をしておくから」
 と僕は行くことを拒んだ。晴実は不思議そうな表情を浮かべ、「なぜ?」と訊いた。「買いたいものがないから」と返すと、明らかに晴実の表情は疑念に満ちた。いや、刑事コロンボのように、なにかを隠していると確信した、というような表情だった。きっとここから僕の矛盾を探り始めるのだろう。晴実は歩くのをやめた。
「なぜ買いたいものがないとあたしと一緒に店に入らないの? あたしがいつ来てもいいように家はいつも綺麗にしているじゃない」
「理由なんてないさ。疲れているんだよ」
「掃除は嘘だったんだ」
「軽く片付けはするとも」
 晴実はしばらく僕の顔を見つめた。
「――お店にいるんでしょう?」
「なにが?」
「あなたの想う人よ」
 僕はもう、惨めになりたくなかった。だから話すのをやめた。
「いいわ。あなたは先に帰りなさいよ。あたし一人で入るから。感想を聞きたいのなら少し先で待ってる? 可愛い人ね。これでいいのかしら? もしくは綺麗な人?」
 そう言って晴実は足早に歩き、やがて店へと入って行った。僕はただバレリーナの彼女が休みであることを祈った。もっと早く気づいていれば迂回も出来たのに。
 僕には店の前を通る勇気がわかなかった。だから少し引き返し、横断歩道を渡って別の道から帰宅した。
 部屋に一人戻り二十分ほど経った。晴実はまだ戻ってくる様子はなく、そして、代わりに携帯電話が鳴った。液晶画面には「晴実」とあった。出るべきか少し迷ったものの、それでも通話ボタンを押した。
「すぐに取ってもくれないのね。掃除がそれほど忙しかったのかしら」
「シニカルだね」
「そうね、それもあなたのせいだけど。一人だけ女の子が働いていたわ。あの子でしょう? 若くて美しい人ね。あなたが想い続けるのもよくわかるわ」
 僕はどう言えばいいのかわからず、黙ることしかできなかった。
「今日ね、あたしの誕生日なの。あなた忘れていたでしょう?」
「覚えてたさ。プレゼントも買った」
「あら、そうなの。でも、もうそれは必要ないわ」
 僕は段々と、晴実のゆっくりと呪いでも唱えているかのような口調、鬱々とした態度に苛立ってきた。
「なにをそんなに怒っているんだよ。そもそも、君が勝手に店に行って彼女を見て――、僕が一人の女の子を想っていることは君も知っていたじゃないか。確かに、僕は店に行かず逃げた。でもそれに対して君はちっとも怒っている様子はない。一人で勝手に嫉妬しているだけなんじゃないのか? その気持ちのほうが強すぎてむしゃくしゃしている――、僕にはそうとしか思えないよ。君はいつか酔ったときに、彼女を殺すわ、と言ったね。たとえ嘘だとしてもそういうことは言っちゃあいけないんだ」
「なによ、馬鹿!」
 とっさに僕は携帯電話から耳を離してしまった。そして漏れ聞こえる音は通話が終了したという合図だった。テーブルの上に置いていたプレゼントを見つめ、僕は、お互いのために別れようと決心した。
 僕は今まで晴実に対し、心の中にあった気持ちをなにも言わなかった。いや、わからなかった。だから言えなかった。でも、もうこれでいいんだ、と僕は思えた。
 それから三日後、僕らは正式に別れた。彼女も辛かったと思う。僕が他の人に想いをよせていることを知っていたのだから。僕はひどい男で、結果的に彼女をもてあそんだふうになった。憎まれてもかまわなかった。それは、憎むことで彼女が僕の存在を忘れることができると思ったからだ。

 一別は名残。死別は悔恨。そして、永(なが)の別れは旅立ち。


 彼女を初めて見た時から一年が経とうとしていたある春の日、僕は公園を一人で歩いていて、あまりにも綺麗な桜が咲いているのを見た。風は陽気に踊り、陽光は春を知り尽くしていた。ピンク色のさくらんぼが大量に生(な)っているかのような桜道、僕は足を止め、花を携帯電話のカメラに収めた。そして、彼女にもこの春を届けたんだ。写真を受け取ったあとの返事はとても喜んでくれているもので、僕の写真の撮り方をとても上手だと褒めた。春はすぐに僕の心に闖入した。
 僕の送ったメールで初めて彼女の朗らかな反応を受け取ることが出来、嬉しくて、しばらくして店にも行くと、僕の目を見て微笑みを浮かべてくれた。そして写真をまた褒めてくれ、ゆっくりと見つめると、途端に僕は……僕は桜なんかより彼女を撮りたい、彼女の写真を一枚でいいから携帯電話にそっと収めていたい、と思ったんだ。でも――、言葉には出来なかった。
 そうやってまたしても想いはつのるばかりで、しかし未だに彼女のことを、趣味や例えば愛読書を一つとして知ることが出来ていないということに対して、二人を隔てているあのレジカウンターを越えて向こうへは永遠に行けないのだというような傷心と、荒涼とした砂漠で夜明けを待つ吸血鬼の、褐色に染まる微笑を含んだ絶望のようなものが僕を覆い、いっそのこと、消滅さえしたくなるときもあった。
作品名:君へ 作家名:ぱんぷきん