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女郎蜘蛛の末路・蜘蛛捕り編(後)

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実は、桜はついこの前那華子と会ったことがある。その時が初対面だったのだが、あの時はこんなことを言うような子には見えなかった。
心境の変化か、ただ単に隠していただけか、それとも、衝動的なものなのか。どれにしても今の那華子を刺激しない方が良さそうだった。
那華子の言葉に、桜は大人しく従った。それでも肩をすくめる仕草だけは止めなかったが。
「……さて、ねえ苺春。話を戻すけど、実際のところどうなの?」
苺春に這い寄る、二匹の蜘蛛を黙らせて、那華子は改めて苺春を問い詰めた。
しかし、返って来たのは相変わらずのうやふやな答え。
再び問い詰めると、今度は聞くに堪えない言い訳が返って来た。
「い、いや……だ、だからさ、お前に嘘をついたわけじゃないんだよ。し、仕事だったのは本当。……ハッ!そうだよ、彼女は仕事仲間なんだ」
そこで、那華子のイライラは頂点に達した。
普段の彼女なら、絶対にそんなことはしない。
しかし、怒りの衝動というのは抑えられないものだ。気が付けば彼女は、拳を勢いよく、テーブルに叩きつけていた。
ドン!という派手な音が店中に響き渡る。
これには、従業員の八重や、ほかの人々はもちろんのこと、流石の桜も驚いた。
全員が息を呑み、怒りに身を震わせる那華子に視線を向ける。
「ねえ、いい加減ハッキリしなさいよ。実際のところどっちなのよ」
「いや……だから」
「いや、だから。いや、だから。あのね、わたしが聞いてるのはそういうことじゃないの。わたしが望んでいるのはもっとシンプルな答え。わたしとの約束を放棄して、ほかの女と遊んでいたのか否か。YESかNOか。ただそれだけ」
那華子の剣幕に、今や店中が静まり返っていた。
彼女はその剣幕をまとったまま、苺春の胸倉に手を伸ばした。
力を込めて、そのまま立ち上がらせようとする。
「お、おい……何するんだよ!?」
突然のことに、うろたえる苺春。当然のことと言えば当然だが、彼がこうなるのもまた、当然と言えば当然だった。
「ずっと、ここにいても話進まないでしょ。ラチがあかないのよ、このままじゃ」
那華子は片手で苺春の胸倉をつかみながら、もう片方の手で店の出入り口を示した。
「だから、とりあえず、まずはこの店から出ましょうか。話は外に出てからゆっくり聞くわ。ええ、それこそ好きなだけね」
……おいおい、完全にスイッチ入っちゃってるよ。
苺春は、反射的に身の危険を感じた。このまま外に出れば、彼にとって待っているのは地獄だけなのは明らかだった。もしも、彼女の機嫌をこれ以上損ねれば、それこそ殺されてしまう可能性もゼロではない。
……この店の中にいることが、苺春にとっての最終防衛ラインだった。
だから、絶対に店から出るわけにはいかない。
「や……やめろよ。離せって!」
苺春は必死に抵抗した。
しかし、こういう時は普段の倍以上は力が出るものである。先ほどからの剣幕も合わさって、那華子は決して苺春を解放するようなことはしなかった。
「……」
一方、先ほどからすっかり蚊帳の外になってしまった八重は、事の成り行きを見つめることしか出来なかった。
今、彼女の目の前では、愛しの苺春が、突然現れたワケの分からない女に、ワケの分からない言いがかりをつけられ、ワケの分からないところに連れて行かれようとしている。
……周囲を見回してみる。周りの客は視線を向けてはいるものの、介入する気はまったくないようだった。それは従業員たちも同じ様だ。まあ、それも当然かもしれない。自分から進んで争い事に首を突っ込む者なんて、よほどの物好き以外にいないだろう。
自分しか、苺春を助けることが出来る者はいなかった。さっきだって、苺春は自分に助け舟を出してくれたじゃないか。今度は、自分が彼を助ける番だ。
「ホラ、行くわよ。立ちなさいよホラ」
相変わらず、強引に苺春を立ち上がらせようとしているその手を、八重は掴んだ。
その瞬間を見逃さず、苺春は容量良く彼女の拘束から抜け出すと、そのまま椅子の上にへたり込んだ。
自分の行動を邪魔された那華子は、ピクリと怪訝そうに眉を動かし、それから八重の方に視線を向けた。
自分を射るように睨みつけてくる、那華子の視線。それを受けて、一瞬怯みそうになるが、八重はなんとか言葉を紡いだ。
「たいがいにしなはれや。いやがってるではおまへんの」
強い口調で言い切る八重。
突然の八重の介入に驚いているのか、単に思考しているだけなのか、彼女の言葉に対し、那華子は黙って八重を見つめていた。
「……」
次に那華子が口を開いた時、どんな言葉が飛び出すのか。自分は彼女の行動を邪魔したのだ。その怒りの矛先が自分に向いてくるのを半ば八重は覚悟していた。
その瞬間に備え、迎撃態勢を整える。
面倒くさそうに吐息を吐き出すと、那華子は口を開いた。
「……さっきから、聞こうと思ってたんだけど、あなた誰?」
「うちはこん店の従業員の雛形八重、いうもんですわ」
淡々とした口調で答える八重。
しかしそれに対して、那華子は小馬鹿にするように笑った。
「へえ、でも本当にただの従業員さんなのかしら」
「は……?」
「だって、どうせあなたも苺春の……」
しかしそこまで言いかけて、那華子はわざとらしく言葉を切った。
「いいえ、やっぱりなんでもないわ。その事に関しては、わたしよりも彼自身の方が良く知ってると思うし」
そう言って、意地悪く苺春に笑いかける那華子。
しかし、当の苺春は、お品書きを顔の前にかざし、うまく彼女の視線を遮っていた。それが、意図的なものか、それともただの天然なのか。どちらにしても、この苺春という男もなかなかにずる賢い男だった。
それを見て、ククッと笑うと、那華子は八重に向き直った。
彼女が先ほど、一体何を言いかけたのか分からず、八重は顔をしかめながら問いかけた。
「……なんなん。言いかけたことがあるなら、ハッキリ言わはったらどうなん」
すっかりケンカ腰になっている八重だったが、那華子の方はもう彼女を相手にする気はなさそうだった。
「いいや、今日はもう良いわ。なんか気分が萎えちゃった。それに……」
那華子は周囲で見つめるギャラリーを見回した。
「さっきので大分みなさんの注目を引いてしまったようだし……」
那華子に睨まれると、こちらを見つめていた傍観者たちは一斉に顔をそむけた。
そんな彼らを小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、那華子は言った。
「そういうわけだから、わたしはもう行くわね。お騒がせしてごめんなさいね八重さん」
それから、那華子はチラリと桜の方も見やった。
「あと、それから桜さんも。また会える時までごきげんよう」
もしも、今度会ったらその時ハッキリと決着をつけてやる。
そんな決意を感じさせるような声で言う那華子に対し、桜も同じような視線を返すと、「ごきげんよう、那華子さん」と会釈をした。
もう一度、2人の女を交互に見やると、そのまま那華子は体を翻した。
しかし、出口へと歩みだす直前、彼女は何かを思い出した様に振り返った。
相変わらずお品物書きの中に顔を隠す苺春を見つめて、口を開く。