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女郎蜘蛛の末路・蜘蛛捕り編(後)

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「素人さんはね、良く似たようなことを言うわ。だけどね、実際の違いは本当に簡単なことなの」
だけれど、その簡単なことをあなたは理解出来ていない。理解力が足りないから。
桜の言葉は途中で終わっていたが、その後にこのような言葉が続くのは彼女の性格を考えれば容易に想像出来た。
「……うち、そういうのには疎いさかい、違いとかいっこも分からんわ」
そう口にする自分が何とも情けない。
しかし湧き上がってくる羞恥心を、なんとか表情に出さないように努めた。もしもそうしなければ目の前の女を余計に楽しませることが分かっていたから。
しかし、実際には八重のその努力すらも、桜にとっては滑稽な見世物であったが。
……敵対する人物、あるいは気に入らない人間に対して、高圧的に喋り圧倒するのは、桜の特徴だった。気に入らない人間は、徹底的に論破し、屈服させる。
そんな彼女のことを考えれば、今回の八重に対する言動の数々も当たり前と言えば当たり前だった。
桜は、女の勘ですぐに察したのだ。目の前の女が、苺春に対してただならぬ想いを抱いていることに。
もしもそうならば、彼女は桜の敵だった。苺春に淡い想いを抱く害虫。そんな女は、知識の浅さを露見させ、愛しの苺春の前で恥をかかせてやればいい。
桜は、ますますに意地悪くニヤリと笑った。
「ふふっ。なら、そんなあなたにも分かるように説明してあげるわ」
そこで、わざと一旦言葉を切ると、桜は八重の反応を待った。
ふるふると体を震わせ、必死に感情を抑えようとしている八重。本人は抑えているつもりなのだろうが、桜には彼女の抗いが目に見えて面白かった。たとえ、表情には出さずとも、体の震えは抑えられない。
「あのね、簡単に言うと。医者は生きている人を見るでしょ?それとは反対に、わたしたち法医学士は死んだ人を見るのよ。ほかにも定義は色々とあると思うけど、あなたにも分かるように要約すればこんな感じかしらね」
「……」
黙って桜を睨みつける八重に、桜はとどめの一発をお見舞いした。
「……どう?理解出来た?」
……こんの害虫女が。さっきからよう分からんことベラベラしゃべりくさって!
先ほどから自分を嘲笑する桜。愛しの苺春の前で、わざわざ自分に恥をかかせる桜。
そんな女に対して、八重の怒りは爆発寸前だった。
今すぐに、酒器でも御猪口でもそれこそ酒瓶だって、なんでも良いから手に取って、この女の頭に振り下ろしてやりたかった。
……もしも、この状況がずっと続いていれば、本当に危なかったかもしれない。
歯止めの効かなくなりかけていた彼女を救ったのは、愛しの苺春のさりげない言葉だった。
「へえ、すごいなあ。ぼくも知らなかったよ。桜は物知りだねえ」
そうやわらかい口調で言うと、苺春はそっと八重にウインクした。
―このくらいのこと、気にする必要ないよ。大丈夫さ。
八重の脳内では、自然とそんな言葉が続いていた。
愛しの王子様から差し伸べられた救いの手。そんな、思いもしなかった手助けに、八重はしばし何も考えられなくなっていた。
しかし、八重にとって幸福なら、桜にとっては逆。
彼女は思いもよらぬ苺春の介入に、歯切りをし、わざと大きな音を立てて舌打ちした。
そんな桜に対して、苺春は困ったような表情を浮かべ、肩をすくめた。
「おいおい。頼むよ桜。そんな顔するなって―」
そう、言いかけた苺春の言葉が、そこで途切れた。
開きかけた口はそのまま、表情はだんだんと凍り付いていった。
彼が言葉を紡いでいる最中に、彼の名を呼ぶ女の声が聞こえたからだ。
桜もそれに気づき、仕返しでもするようにくすくすと笑った。
唯一、自体の把握が出来ない八重はぽかんとしたままだったが。
「……」
苺春は、おそるおそる声の方へ顔を向けた。
八重もつられるようにして、同じ方向を見る。
そこに立っていたのは、いかにも最近の若者らしい服装をした女だった。見たところ、さほど幼い面は残しているようには見えず、外見で判断するなら大学生か社会人くらいの年齢に見える。なぜだかは分からないが、その女の髪は薄い紫色に染められていた。
どこの誰なのか、八重が理解できぬまま、女はにこやかな笑みを浮かべながら苺春に歩み寄り、再び名前を呼んだ。
「ねえ、苺春」
「……はい」
苺春は椅子に座り、女は立っていたため自然と上から見下ろされる形となった。しかし、苺春が委縮する理由はそれだけではない。
「そういえばあなた、今日はお仕事だって言ってなかったっけ?だから、わたしのモデルを断ったんだったわね」
静かな怒りのニュアンスを含ませる女の言葉に、苺春はもごもごとした口調で答えた。
「い……いやな、違うんだよ那華子」
しかし、苺春の言葉に女―市屋那華子(いちや なかこ)は冷たく答えた。
「へえ、何が違うのかしら?言ってみなさいよ」
「ぐっ……」
苺春は言葉に詰まってしまった。
しまった……だって、こんな状況想定出来るわけがないではないか!まさか、コイツがこの店を訪れるなんて偶然……。
もはや、苺春に逃げ場などなかった。
「ホラ、何にも言えない」
那華子は苺春を見下ろし、フンと鼻を鳴らすと、八重の方に視線を向けた。
……先ほどの桜と同じように、自分を観察する視線。しかし、その視線は桜の時よりも、一層ストレートな敵意を孕んでいるように思えた。
そして、その視線は桜の方にも向けられる。
八重に対して、挑発的だったこの女の対応は那華子に対しても同じだった。
わざと、那華子に見えるように大げさに肩をすくめ、それからやれやれという風に頭を左右に振る。
……しかし、彼女は八重とは違う。そんな挑発に乗ったりはしなかった。
那華子は桜から視線を外すと、先ほどと同じように再び苺春を睨みつけた。
「なっ……なんだよ那華子。怖い顔するなって。美人が台無しだぞ……」
「へえ、怖い顔?あなたにはそう見える?」
苺春に対して余裕を持った言葉で返すこの女。
彼女の職業は美術院生で、桜同様、苺春とは八重よりも長い付き合いがあった。
髪が紫色になった要因については、本人曰く、絵を描いていると自然とそうなるらしいが、実際のところについては不明である。
黙りこくる苺春に対し、那華子は呆れたように肩をすくめた。
「はあ……。どうせ、この女と遊び歩いてたりしたんでしょ?……それとも、こっちの着物のお姉さんかしら」
唐突に自分に話の矛先が向けられ、八重は反応に戸惑った。
実際のところ、自分はただの従業員で芸者ではないし、それに苺春とは彼女が疑うような関係でもない。否定するべきこと、言うべきことはいくらでもあった。
しかし、八重が反応をするよりも、桜の返答の方が早かった。
彼女は、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、那華子に言う。
「いやあねえ、那華子ちゃん。そんなんじゃないって。人聞きの悪いこと言わないでほしいわ〜」
しかし、那華子には桜の挑発は効かなかった。
「今はあんたと話てるんじゃないわよ。垣野花桜。ちょっと黙っててくれる?」
ピシャリと言い切られてしまう桜。
これには、流石の彼女も言葉の返しようがなかった。
彼女の有無を言わせない物言いもそうだが、一番驚いていたのは彼女の変貌ぶりだ。