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女郎蜘蛛の末路・蜘蛛捕り編(後)

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「あっそうだ、苺春。話の続きは、また今度させてもらうから。その時までに、わたしが納得するような答えでも考えておくことね。そうじゃないと……フフッ、楽しみにしておくことね」
それだけを言うと、那華子は今度こそ身を翻して、店の外に姿を消した。
まるで、嵐が去った後のように、しんと静まり返る店内。しかし、数秒後には店中がひそひそと、傍観者たちの囁き声で見たされるのだった。
「ふふっ。災難だったわね苺春」
桜は、那華子が消えて行った方向を見やりながら、ニヤニヤと苺春を見つめた。
「ふ〜。まったくだよ」
そう言いながら、ようやくお品書きを顔から離すと、苺春はそのままテーブルに突っ伏した。そのまま、ふうと重いため息を吐き出す。
「……なんか、あいつ最近様子がおかしくてな。メールがどうのって、言ってた気がするが、どのメールだかさっぱり分からん」
「どうせ、あの子を怒らせるようなハレンチなメールでも送ったんでしょ」
「……馬鹿言うな」
唯一、事態をまったく把握出来ていない八重は、なんとか会話に入ろうと適当な言葉を口にした。
「部外者のうちには、よう事情分からんけど、苺春はんも苦労しとるんどすなあ」
その言葉に対し、苺春は「ええ、まあ」と苦笑しながら答えた。
それに対し、桜はニヤニヤと笑いながら、口を挟んだ。
「まあ、自分で撒いた種だしね」
「……お前は、相変わらず手厳しいな」
「手厳しいも何も、本当のことだもの。ねえ、あなた八重さんて言ったかしら」
八重がうなづくと、桜は相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべながら話を続けた。
「忠告しておいてあげるけどね。この男には気を付けた方が良いわよ。なにしろ……」
桜がチラリと苺春を見やると、彼はバツが悪そうに顔をそらした。
「この男は、女を泣かせる天才でね。こいつに関われば、必ずと言って良いほど泣きを見ることになる」
八重に向かって、ベラベラと喋る桜の言葉を聞きながら、苺春は心の中で毒づいた。
……妙なことベラベラ喋るんじゃねえよインテリ女。せっかく新しいカモが手に入るところなのに……。
苺春は、なんとか弁解をしようと試みた。とりあえずは、妙な印象を与えないように典型的な答えを口にしておく。
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ〜」
そう言って、八重の注目を自分の方に向けさせると、桜が何かを口にする前に一方的にまくしたてた。
「悪いねえ、八重さん。この女はね、昔っからこういう誤解を与えるようなことをベラベラと喋る女で……」
流石の桜も、顔をしかめ、露骨に不機嫌さを露わにして、「ちょっと」と口を挟もうとするが、苺春はその隙を与えなかった。
「まったく、困っちゃいますよ。喋り出すと、もう止まらなくなっちゃいましてね」
そうして、無理やり言葉を続けていれば、いつか桜の怒りが頂点に達することは分かっていた。何をしてでも、まずは話の矛先を変えさせなければならない。桜が機嫌を損ねたなら、後で弁解すれば良いだけの話だ。
「あんたに、あたしの何が分かるっていうのよ」
やがて、堪忍袋の緒が切れた様に、桜は不機嫌そうにそう漏らした。
「人のこと、何もかも知ったみたいに語って、一体あんたはどれだけあたしのことを知ってるっていうのよ」
―お前もさっき、似たようなことしてただろ。
しかし、そんな思いは一切顔に出さず、苺春は無意識に彼女を怒らせてしまい、オロオロと困惑する男を演じた。
「おっ……おい、桜ぁ。怒るなよ」
「別に怒ってないわよ……」
はあ……と面倒くさそうに吐息を吐き出すと、桜は不機嫌そうな表情で前髪をかき上げた。
「ただ、あんたの言葉が癪に障っただけ」
それから、桜は私物である、黒いブランド物のハンドバックを取ると、席から立ち上がった。
「今日は気分が悪いから、帰るわね」
予想通りの展開だった。
苺春はつい、にやけそうになるのをこらえて言葉を紡いだ。
「あっ……ちょっ、桜。後でメール送るよ。ごめんな」
身を翻して、店の出口へと向かおうとしていた桜は、振り返ると、吐き捨てるように言った。
「送っても良いけど、返さないわよ」
それだけを言うと、「じゃっ」と冷たい態度で桜は店から出て行ってしまった。
その姿が完全に見えなくなるまで、待ってから、苺春は八重の方へと顔を向ける。
「……とかなんとか言っておいて、結局は返してくれるんですよ、あいつ」
―あいつは俺から離れられないからな。
ついに笑みを抑えきれなくなり、苺春はあははっと笑った。
そんな彼に、八重はやや困惑した様子で「まあ……それが、乙女心いうもんですさかい」と返した。
「ふうん。乙女心か……。八重さんも、なかなか深いこと言うね」
随分前に、別の従業員に運んでもらったお茶に手を伸ばし、それを喉に流し込むと、苺春は思い出した様に時計を見やった。
おや、もうこんな時間か。
八重も、それを見て何かを察したのか、遠慮がちに「……お時間どすか?」と口にした。
「うん……ちょっと、仕事の関係でね。今から行かなければならないんだよ」
苺春の職業について、八重は聞いたことがなかった。もちろん、個人的に興味はあったが、彼が話してくれないのでコチラから聞き出すのも悪いだろうと思ったのだ。
もっとも、それが公に出来る仕事なら、口に出したとして、なんら問題はないはずなのだが……。
「そうどすか……」
愛しの苺春が、行ってしまうと思うと、八重はたまらなくさびしくなった。今度は、いつこの店に来てくれるのか、八重には知る由もない。
そんな八重の寂しげな表情を、苺春は見逃さなかった。
―これは、チャンスだ。
何かを嗅ぎつけた獣のように、鋭い目つきになると苺春は口を開いた。
「大丈夫だよ八重さん。近いうちに、またこの店に足を運ぼうと思ってるからさ」
その途端、八重の表情がパッと輝いた。
「ホンマどすか……!?」
よし……かかった。
苺春は心の中で笑った。
馬鹿な魚は、ちょっと餌を垂らしてやるだけですぐに食らいつく……。
「ええ、こんな美人さんがいるお店に、足を運ばないわけにはいきませんからね」
その後で、苺春はとどめの一言を口にした。
愛に飢える女に垂らす、一滴の甘い蜜。
「あっ、そうだ八重さん。連絡先教えてくれませんか?」
「ふえっ……?」
当然のことながら、八重はすぐにそれが現実の出来事だとは認識できなかった。待ちに待った、夢の瞬間。ついにそれが訪れたのだから。
「だから、連絡先を交換しませんかって言ってるんですよ。プライベートでもお話してみたいと思ったのですが……嫌ですか?」
嫌なわけがなかった。こんなチャンスなどめったにない。愛しの苺春と自分を繋げる大きなチャンスなのだ。それを、逃すわけがなかった。
「い……いえ、そんな滅相もおまへん」
「じゃ、交渉成立ですね」
ここまで来てしまえば、もうこっちの物だった。
しかし、そこで八重が困惑したような表情をしたのが目に入った。
「……どうしたんですか?何か問題でも?」
―この女、今更になって何を言い出す気だ。
しかし、もちろん八重が何を言おうと、苺春は彼女を逃がすつもりはなかった。頭は悪そうだが、見た目はなかなかに良い。外見さえよければ、中身などどうでも良かった。見た目がよければ、それだけで売り物になる。