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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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 しかしもっとも、父親が、自分と会社のためにしてきたことを今さら責めたとしても仕方のないことだ。これは環境学でも習ったことである。資本主義を基盤とした現代の経済活動においては当然のことなのだ。利益追求に明け暮れる企業にとっては、開発が優先され自然保護など眼中に入らないのだ。
 由美子は、大学でそんなことを学びながら、正義感からか、そんな社会のシステムを憎んでいた。しかし、自分が誰よりもその中にどっぷりと組み込まれていることに目を向けていなかった。理屈では、格好のいいことを唱え分かっていたものの、結局、現実に直面するのを恐れていた臆病者でしかなかったのだ。今、その現実に直接触れさせられているのだ。
 ベッドに寝そべってから、四、五時間が経っただろうか。その間、ずっと由美子は、考えごとを続けていた。
 トン、トン、と誰かがドアをノックする音が聞こえる。
『誰?』
 由美子は、元気のない声で言った。
「俺だよ、健次だ。由美子、開けてくれよ」
「健次!」
 由美子は、さっとベッドから立ち上がると勢いよくドアを開けた。
 健次は、由美子の顔を見ると言った。
「さすが、スイートルームだな。財閥のお嬢様だけはある。さっきはどうしたんだ、突然飛び出して? お前一人でジープを使って帰ったから俺たち迷惑したんだぞ」 
 由美子は、健次の顔を見ると、
「健次・・・」
と大声を上げて泣き出してしまった。
 由美子は、今までのいきさつをすべて話した。
「やっぱりな。それが会社ってもんだろう。いくら君が社長の娘っと言っても役員でもないから何の権限もない。君が悪いんじゃない、それが社会の仕組みというもんなんだ」
 健次は、必死で由美子を慰めた。
「ところでだが、俺たち一行は帰らなければいけなくなった。森に入れないんじゃ、調査のしようもない」
「そんな、帰っちゃうの?」
「このままここにいても仕方ないだろう」
「でも・・」
 由美子は、無性に悲しくなった。
「そうだ。俺たちさ、せめて帰る前に地元の人たちの集会にでも出ようかと思って」
 健次は、急に明るい調子で話した。
「集会?」
「そうなんだ。今夜あるんだ、この近くで開かれるらしい。あの森の近くに住む地元の人たちが反対運動しようって来てるんだ。ダムができるため彼らは立ち退きを言い渡されているのさ。そういうわけでさ、どうだ、一緒に行ってみないか?」
 由美子は、しばらく黙りこんで考えた。そして、
「ええ、是非とも行かせて」
と答えた。

 集会の場所は、ホテルからタクシーで十分ほど行ったところにある市民会館だった。数百人くらいが入れる広さの講堂が使われていた。集まったのは、森の近くに住む農民たちだ。
 講堂の演壇では、集会のリーダーを務めるスワレシア人の中年男性が、演説を振っていた。
 由美子と健次と堀田は、席に座って中年男性の話に耳を傾けていた。
 演説は、政府公用語の英語と違い、地元の人たちが日常話すスワレシア語で行なわれている。
 堀田が、由美子と健次の通訳をしていた。堀田は、仕事で五年ほどスワレシアに住んでいた経験があり、そのためスワレシア語が理解できる。
「新しいダムができるとなると、私たちは土地を奪われ農業をやめなければいけなくなる。開発だとか国の経済のためだといって、似たようなことがこの国の各地で起っている。その度に、私たちの平和な生活は脅かされてるのだ。もうこれ以上我慢はできん。今こそ政府と対決すべきだ!」
と男は、大声を張り上げて言う。
「オー!」
と応える大声のかけ声が、講堂に響いた。
 
「いいか、明日、世界一だといわれるのっぽビルのオープニング・セレモニーにマラティール大統領が来る。あのビルに乗り込んで直接訴えてやるんだ!」
 由美子は、その式典に自分も出席する予定であることを思い出した。
 ガタン、っとドアの開く大きな音がした。それはあまりに大きく突然で、聴衆も演壇の男も、その場でぴたりと黙ってしまった。
 全員、入り口のドアの方を向いた。一人の男が立っている。若い体格のがっしりとした肌は茶褐色の男だ。現地の人のようだが、様相が全く異なる。
 何とも奇妙な格好をしている。現地の人々と違いシャツとズボンという服は着ていない。髪の毛は、両側を剃っているが、長くのばし背中で結んで垂らしている。着ているものは、上半身裸に腰巻きだけだ。首と腕に独特の模様をほどこした飾りを身につけている。足は裸足だ。まるで原始時代の人間の姿を思わせる。
 いったい、何者だという感じで皆、彼を見つめている。
 由美子は、ふと彼のような男の姿に見覚えがあると思った。確か、大学で写真を見て習ったことがある。世界の先住民の一員としてでだ。
「おまえ、何者だ。ペタンの者か?」
と演壇の中年男は英語で話しかけた。
 ペタン、それが、その民族の名前だったと由美子は思い出した。スワレシアの森に住む人達だ。一万年以上も前からの狩猟採集生活を守り続け、生きている人々で世界的にも、とても珍しい。スワレシアでは、人口の○.一パーセントにも満たず、彼らは熱帯雨林の中を移動して生活するため、現地の人々でもそんなに滅多に会うことはない。
「ペタン、ペタン?」
 そう小声で話す声が、各所で聞こえた。
「イエス・アイ・アム・ペタン。ネイム・イズ・ゲンパ」
 ペタンのゲンパという名前の人だと、たどたどしい英語で言っている。
「君はいったい、何の用でここにきた?」
 演壇の男は聞く。
「君たちと一緒に戦いたい。一緒に政府と戦いたい」 
「君と私達の戦いとどういう関係があるんだ」
と演壇の男はゲンパにきく。
「私たちは、森で暮らす者だ。今度政府がダムを作るから、森から出ていけと言われた。私たちは、はるか昔から森で暮らす者だ。森以外のところに住めない。住みかがどんどん減ってみんな死ぬかもしれない。だから、戦いたいんだ」
 聴衆が、騒めいた。
 由美子は、席から立ち上がった。自分も何か言わなくては。実際、そのために来たのだ。自分の会社の建てるダムのために多くの人々が苦しんでいる。自分が、彼らと一緒になって戦ってやるといえば、皆、心強いと思うかもしれない。図々しいと思われるかもしれないが、やってみようと考えた。
 ガタン、とまたドアの開く音がした。今度も何事だと人々は振り向く。すると、どっと黒い服を着た人々が波のように入ってきた。警察官たちだ。
「皆、そこを動くな。君達を逮捕する」
 警官隊のリーダーらしき男がそう叫んだ。
「なんで、逮捕されるんだ。おれたちは集会してるだけだぞ」
 演壇の男が言った。
[この集会の内容は、国家安全破壊防止法違反に当たる。よって、全員逮捕だ!」
 警察官二人が、演壇に上がり、男の両腕をつかんだ。
「やめろ、放せ。集会の自由を犯すな。何をする!」
 男は、床にひれ伏され、さっと背中で手錠をかけられた。
 警官隊は、銃とこん棒を出し、次々と聴衆を捕まえ、手錠をはめていく。抵抗する者も出、講堂の中は格闘ばかりの騒然な雰囲気となった。
「由美子、逃げよう」
 健次は、由美子の手を引いた。と、そのとき、バシっと、いう音がした。
「堀田!」
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし