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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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「由美子、わしはいまから大事な会議に出席しなければならん。切るぞ」
 通話は、残酷にカチッと切れた。
「お父さん!」
 由美子は涙を流し、力を落として床に膝まずいた。

一時間後、由美子は、ベッドに寝そべりかえり考えごとをしていた。
 ハワイでの五年間を振り返った。最初の一年は英語の勉強のため語学学校にいた。そして、あとの四年間はハワイ大学の学生として学んでいた。専攻は、環境学(Environmental Studies)というものだった。
 環境学とは、地球の自然環境や生態系の仕組みを学び、その保護についての研究を行う学問である。近年、環境問題に注目集まっているため人気が高まっている専攻でもあった。
 環境問題には、様々なものがある。熱帯雨林の伐採による地球資源の消滅だけでない。工場や自動車の煙から出る有害物質が雨と混じり地上に落ちる酸性雨。雨として降り注がれる水滴は、土の養分を消滅させ植物を枯らし、川や湖に落ちると魚貝類を死滅させる。
 また、工場や自動車から排出される大量の炭素ガスは、大気中に出ると本来宇宙へ放される地上の熱を閉じ込め地球の温暖化を引き起こす原因となる。その上、熱帯雨林などの植物が減っているため、それらの炭素ガスを吸収し酸素に変える自然の作用も働かなくなり、増々温暖化に拍車がかかっているのだ。
 それによって北極や南極の氷が解け海面が上昇する。海面の上昇により、人の住む陸地の多くの地域が、水没の恐れにさらされるのだ。そして、温暖化によって変わった地球の気候は、これまでにない規模の台風や洪水をもたらす。
 またフロンガスの問題。スプレーの噴射剤や冷蔵庫の冷却剤として使われてきたフロンガスが使用後、空中に放出され化学反応を起こし行なわれるオゾン層の破壊。オゾン層は、大気圏より上空にあり、太陽から送られる有害な紫外線を吸収する役目を持つ。破壊されれば直接多くの紫外線が人体に当たることとなり、人々は皮膚ガンなどの危険にさらされる。すでに世界的に使用は禁止されているが、これまで上空に放出されたフロンガスが多量にあり、未だ影響力が懸念される。
 実際問題、地球の環境破壊は、恐ろしく深刻で、科学者の間では二十一世紀半ば頃には地球は人間の住める環境ではなくなるという予測があるほどだ。つまり人類の滅亡が近いとまでいわれている。
 環境学で学ぶ範囲は非常に幅広く、生物学から政治・経済学に及んだ。環境問題を語る上で、政治や経済の問題を無視して通ることはできないのだ。環境破壊の元凶は、国家や企業の経済利益拡大の名目に行なわれる開発に由るところが大きい。
 由美子が、環境学を専攻として選んだ理由は、自然を大切にするハワイの人々の心に共感したからだった。ハワイは、二十世紀初頭観光地化が進むなか、同時に自然破壊も著しく進んでいったところである。そのため、これ以上の自然破壊を防ごうと環境保護運動も盛んとなっっていった。そして、エコツアリズムといわれる環境保護と観光産業を両立しようという考えが近年になって生まれてきたのだ。
 いろいろな対策が設けられている。たとえば、観光バスが一時的であっても停まる時にはエンジンを切らなければならない。余分な排気ガスを出させないためだ。飛行機でアメリカ本土や外国から来る観光客は持ち込める植物に制限が加えられる。ハワイ原産の植物の種を守るためだ。また、環境を汚さない電力として、太陽熱や風力による発電が試みられている。
 由美子は大学にいたとき、さまざまな環境保護運動に参加していた。ゴルフ場建設の反対運動、空港の滑走路拡張工事の反対運動、熱帯雨林を伐採して造る地熱発電所建設反対運動などに参加した。運動に参加する度に、正義のために戦ったいう充実感を由美子は感じ、環境保護運動こそが自分の生きて行く上での使命と感じるようにさえなった。
 その意味でハワイでの生活はすばらしいものだった。その上、由美子は恵まれていた。父親の持つ別荘に住み、オープンのスポーツカーで大学に通った。天気はいつも晴れ、眺める海はエメラルド・グリーンに輝き美しい。


 週末や休みの日にはビーチでサーフィン、ジェットスキー、パラセーリングなどのマリンスポーツを楽しんだ。また、友達を別荘に呼んでパーティをたくさん開いた。
 大学の実地研究として、ハワイ島にある世界一高い火山マウナ・ロア山に登る探険。ハワイのみならず、飛行機に乗って本土西海岸のサンフランシスコ近郊にあるヨセミテ国立公園、中米の熱帯雨林なども探検した。 
 遊んだり、学んだりと楽しいことばかりであった。しかし、こんな夢のように恵まれた生活もすべて大実業家の父、清太郎のおかげだったのだ。父親の仕送りとクレジットカードで何不十なく生活してきた。だが、清太郎が、そのために何をしていたのか関心を払うことは由美子には、全くなかった。
 生まれたときからそうだった。母親は自分を生んでからすぐに死んだから、親といえば身の回りの世話をする家政婦か、唯一の家族である父、清太郎でしかなかった。
 清太郎は、誕生日など、ことあるごとに自分にプレゼントをくれた。いつもそれは高価で美しいものだった。おもちゃに洋服、おいしいお菓子、それらは由美子の小学校の友達が羨むものばかりだった。
 中学に入ってからは、私立の女学園に通うこととなった。メルセデスベンツの送り迎えが常だった。学校の中で彼女は重宝がられた。清太郎が由美子の学園に多額の寄付をしたからだ。
 だが、そんな生活が、すべて父親の会社が得る収益によって満たされてることなど、考えてもみなかった。それはとても当たり前のことだったが、当たり前過ぎて由美子は決して意識することがなかった。
 清太郎は、自分の愛する「お父さん」であり、それ以外の事業家としての父に関心を払おうとはしなかった。
 だが、由美子は今になって、ある一つの現実に直面させられていた。自分の今までの優雅な生活は、父親の事業によって支えられてきたものであったこと。その事業は、自然破壊という自分のもっとも憎むべきことにずっと関わってきたことだったのだ。父の会社、明智物産は日本でも指折りの総合商社だ。「明智財閥」とさえいわれている。様々な開発事業を請け負ってきた会社でもあるのだ。
 明智物産の手により、森が切り開かれ、その土地にビルや工場や発電所が建てられ、完成した工場や発電所からは、多量の炭素ガスが放出されてきた。
 事業内容はマスコミなどで聞かされ知っていたが、自分は今まで無関心だった。関心を持とうともしなかったのだ。もちろん、環境学の講議で企業と環境問題の関わりあいを学ぶ時に考えざるは得なかったが、環境破壊をやっている企業は明智物産だけではない。父の会社だけ責めても意味はないと思っていた。
 由美子は、凄まじい罪悪感に襲われた。自分が今まで愚かな偽善者をやっていたことを思い知らされた。
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし