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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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「ほう、あなたも、やっと仕事に興味を持ち始めましたか。その通りです。クアランコク郊外の森林地帯に水力発電所ダムを造る計画です。森林と周辺一帯の農村地帯は全て水没させて」
「すぐにやめさせなさい。熱帯雨林を破壊することが地球の環境にどういう影響を与えるか知っているの!」
 由美子は、英明をにらんで言った。
「由美子さん、今度のダム建設は、我が社にとって、どれだけ重大なものか、分かってないようですね。完成すれば東南アジア最大のダムになるのですよ。これは我が社にとってだけじゃありません。この国スワレシアの経済にとっても利益になることです。産業を発展させるためには膨大な水と電力が必要なんです」
「あなたこそ、熱帯雨林を守ることの重要性がわかってないようね。熱帯雨林は、人間の吸う酸素を大量に作っているわ。それに、生物資源の宝庫よ。まだ発見さえももされてない植物や動物がたくさん存在して、その中には癌などの病気を治せるかもしれないものも・・」
「あの健次という男と、いつもそんなことを話し合ってるんですか?」 
 英明は、口を挟んだ。
「そうよ。ご存じのようね。彼の一行がここに来ていることを」
「ええ、あなた達が、朝早く張り切ってホテルを出ていくところを見ましたので」
 英明は、健次に一度だけハワイで会ったことがあり顔をよく覚えていた。もっとも、両者の出会いはあまり愉快なものではなかったのだが。
 それは、半年前である。健次は、由美子を訪ねに来た英明に出会った。その時、三人で食事をすることになりレストランに行ったのだが、そこで健次は食事そっちのけで酒ばかり飲み悪酔いしてしまったのである。
 由美子は、健次に飲みすぎるなと注意したが、健次は飲み止まなかった。健次は、その日、完成間近だった研究用サンプルを冷凍保存するのを忘れ、台無しにしてしまい後悔の念にさいなまれ、やけを起こしていた。
 健次は、酔いながら英明にも酒をすすめた。だが、英明は、それを拒んだ。酔った勢いで健次は、飲めと何度も詰め寄った。そして、それでも英明が拒んだので、かっとなり勢いで殴り飛ばしてしまったのである。
 次の日には、健次は酔いを冷まし、英明に謝りに行こうとした。だが、英明はその日の朝早くの便に乗って、すでに日本に帰ってしまっていた。
「あんな男とまだ付き合っているとは、由美子さんらしくない」
「余計なお世話だわ。とにかく、彼の一行が、病気を治す薬の原料を探しに森の近くまで来ているの。お願いだから、ダム建設なんてやめて、健次達を入れて」
「駄目です。すでにスワレシア政府から委託を受け取締役会でも決まったことですから。そんなに軽々しく変更することなどできません」
 英明は、きっぱりと言った。
「お願い、英明さん、なんとかして!」
 由美子は、今までの態度を一変させ、強気で責めたてる表情を崩した。悲しい顔をして英明に必死で願いを請うように言った。そうでもしないとらちがあかない、と由美子は思ったのだ。
「由美子さん、あなたのそんな顔を見るのは辛い。私は、あなたをいとおしく想っています。他の誰よりも。ですから、どんな願いでも叶えてやりたい。それがあなたを愛する私の使命というものでしょうから」
「そう思ってくれてるのなら・・・」
「いいでしょう。できないこともない」
「本当に?」
 由美子は驚いた。
「ええ、私がここに来たのは今回のダム建設プロジェクトの最終調査報告をするためです。スワレシア政府から土地の譲渡も受け、明智物産の一事業として委託を受けたのですが、まだ副社長である私の最終調査報告なしには実行に移せない。もちろん、条件は申し分ない。大都市クアランコクの電力供給を担うのです。莫大な収益が臨めることは間違いない。よって、一ヵ月後には、実行の見通しです。しかし、私が、ここで建設には問題がある、会社に思ったほどの利益が上がらないとか、その他諸々の条件が良くないとかの報告をすれば、明智物産はこの事業から撤退せざる得なくなります。また、社長であるお父さまも私が説得します。御存知と思いますが、私は社長から絶大な信用がありますので必ず説得できます」
「じゃあ、やってくれるのね。建設は中止すべきよ。地球の環境を悪くするのだから」
「もちろんですよ。なにうえ、由美子さんの頼みですから、今すぐにでも」
「じゃあ、決まりね。健次達もこれで森に入れるわ」
 由美子は、英明に背を向け部屋から出ていこうとした。
「待ってください、由美子さん。やってもいいですが、それには条件があります」
 由美子は、さっと振り返った。
「何よ?」
 由美子は、ふと思った。この男がすんなり話を呑んだのは不気味だ。何かとんでもない裏がありそうに思える。
「私と結婚してください。これはお父さまも願っていることです。そうすれば建設を中止にします。あなたの望みが叶い、お父さまと私の望みも叶うんですから、結構な話じゃありませんか」
「何ですって!」
 由美子は、我を忘れる程怒りが込み上がってきた。
「ふざけたこといわないでよ。あなた自分を何様だと思っているの? わたしに森を守るため好きでもないあなたと結婚しろと言うの!」
「それが、あなたの望みではないのですか」
 英明は、すました顔をして言った。
「全く狂ってるわ。あなたに頼んだのが間違いだったわ」
 由美子は、部屋のドアを勢いよく開け、廊下へ出ていった。そして、手に力を入れぴしゃりと音をたつように勢いよく閉めた。
 由美子は、駆け足で自分の部屋に向かった。
 部屋に着くと、電話に飛び付いた。
 プッシュボタンを押した。
『ハロー、こちらオペレーターです』
『日本につないでください。東京の明智物産本社です』
 それから、十分後、
「もしもし」
 父、清太郎の声だ。
「お父さん、私、由美子よ。大事な話があるの」
「おう、元気か、英明くんとはうまくやってるか?」
「英明さんと私をここへ送ったのはダム建設事業のためだったのね」
「だったのねとは何だ。自分の受け持たれた仕事の内容など行く前から当然分かっていたはずだろう。それがどうした?」
「どうしたも、こうしたもないでしょう。熱帯雨林という地球にとってかけがえのない資源を破壊することをわたしにしろっていうの。あの森を壊すのはやめて。地球の熱帯雨林がどんどん減ってきてるのは分かっているでしょう。ダム建設は中止して!」
 由美子は、大声で叫んだ。
「何だそんな大きな声を出して、いったい何を言っとるんだ! お前は会社の仕事をどう思っているんだ。地球だの熱帯雨林だの何をわけをわからんことを言っている。英明くんから聞いてないのか、今度のプロジェクトが成功すれば会社にとっても多大な利益が見込まれる。そして、スワレシアという国にとってもだ。自分の会社の利益を考えられないのでは後継者は務らんぞ」
「自然を破壊してまで利益を追求する会社なんて、誰が継ぎたいっていうのよ!」
 由美子は泣きだしそうな声で言った。
「全く、ハワイで何を学んできたか知らんが、わしはそんなくだらないことには聞く耳持たんぞ。すでに決定したことなんだ。いきなり中止できるか!」
「でも、お父さん、お願い」
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし