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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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「由美子、何てことを言うんだ! 英明くんに! 謝りなさい」
「お父さんこそ、ひどいわ。私に何の相談もなく、勝手に決めて」
「おまえのためを思ってやったことだ」
 何が、自分のためだ。結局は自分の会社のためじゃないか、と由美子は、心の中で叫んだ。
「由美子さん、落ち着いてください」
 英明が、なだめるように言う。
「何も、いますぐにと言うわけじゃありませんよ。じっくり時間を置いて考えてくださればいいのです。何よりも、由美子さんの気持ちが大事なのはお父さまも分かってらっしゃいますし」
 なによ、白々しい! 由美子は思った。
「ところで何ですが、せっかく入社されるのですから、明日から仕事と行きましょう。さっそくですが、海外出張です。明日の朝に出る飛行機に乗ります」
「まだ、入社するとなんて言ってません。それから、あなたとは結婚しないと、考える前に決めています」
「由美子、英明くんの言うことを聞くんだ」
 清太郎が抑え込むような口調で言う。由美子は、父親を無視し、英明に言った。
「わたし、あいにく日本に帰ったばかりだから、しばらく落ち着きたいの。外国なんて当分行くつもりないわ」
「明日行くのは、由美子さんの好きなハワイのような熱帯地域ですよ。スワレシアのクアランコクです」
「スワレシアですって?」
 由美子は、はっと健次のことを思い浮かべた。

 次の日の朝、由美子は英明と共にクアランコク行きの旅客機の中にいた。成田発のスワレシア航空ファーストクラスの中である。
 成田からスワレシアまで五時間の飛行時間を要する。今は三時間経ったところだ。由美子は機内映画に見入っていたが、英明は隣の席で書類を読んでいる。
 由美子は、搭乗してからずっと気になっていることがあった。それは、この同じ飛行機のどこかに健次がいるに違いないということだ。
 この日、成田からクアランコクへ午前中発つ便はこの便の他には、ないのだ。空港のチェックインカウンターできいて調べたことだ。つまり、健次とクアランコクに着く前に会えるのである。飛行機の中で声をかけて驚かしてやろうと思った。
 映画が終わった。あまり面白くないアメリカ映画だったが、英明と話さずにすむ口実にはなった。映画が、終わったのを見計ってか、英明が話しかけた。
「由美子さん、さっそく、書類に目を通してください。今度のダム建設は、明智物産にとって会社創設以来、最大のプロジェクトになるのですから」
 さっと、由美子のテーブルに分厚い書類の束を置く。
 由美子は、立ち上がった。さっと、通路に出た。
「どこへ行くんです?」
 英明がきく。
「トイレよ。そんなこといちいちきかないで」
 由美子は、英明を尻目にさっさと通路を歩いていく。背後から英明のしつこい視線を感じる。由美子は、ファーストクラスから出た。
 由美子は、思った。健次は、エグゼクティブかエコノミーにいるはずだ。
 由美子は、さっとエグゼクティブの客席を眺めた。ぐっすりと寝ている者、本を読んでいる者、ほけっとしている者、様々だが、どの顔も見覚えのある健次の顔ではなかった。となると、エコノミーの席だ。
 エコノミーに入って、客席に座っている人々を眺める。エコノミーの列は、エグゼクティブやファーストクラスよりも長く、席が多くすし詰め状態だ。由美子は、この状態に驚嘆してしまった。生まれてこのかた、エコノミーといわれる客席に座ったことがなかったからだ。全くこの窮屈さは想像以上だ。こんなところに自分の愛する人は五時間も座らせられているのか! 全く、どういうところで健次は働いてるのかと由美子は怒りを覚えた。
 しばらく通路を歩くと、あ、と見覚えのある顔を見付けた。由美子は、大感激だった。
 由美子は、駆け足をしてその席へ急いだ。
 健次は、通路側の席で雑誌を読んでいた。
「ねえ、その本おもしろい?」
 由美子がそう話しかけると、健次がはっとして由美子を見た。健次は、手に持っていた科学雑誌をぼとっと膝に落とすと言った。
「おい、おまえどうして、こんなところに?」
 おろおろする健次を見て、由美子は得意気に言った。
「あなたと同じ、仕事よ」
「仕事、おまえが?」
「あら悪い。あなたの邪魔をしにきたと思ったの?」
「由美子、おまえって奴は、全くどういう女なんだ。今度の仕事は、研究所にとって歴史に名を残すほどのことかも知れないんだぞ!」
「わたしより仕事のほうが大事だって言うの、健次」
 健次は、どうもその言葉に弱い。
「いや、そう言うわけじゃないんだが・・」
と健次が困っていると、隣に座っている男が、健次の肩を叩き言った。
「うー、いいね、彼女がスワレシアまでついてきてくれるなんて。健次、羨ましいぞ」
「おい、堀田、こんなところでからかうなよ」
 堀田は、健次の同僚であり親友だ。由美子もハワイで会ったことがあり、堀田をよく知っていた。由美子は、堀田に微笑んだ。
「ねえ、クアランコクに着いたら、どこに泊まるの。ホテルの名前教えて」
「駄目だ。教えたら、押しかけるつもりだろう」
「あ、僕達、クアランコク・パレス・ホテルに泊まります」
と堀田が言った。
「おい、堀田、何言いやがるんだ!」
 健次は、困った顔をしたが、堀田は笑っている。
「まあ、素敵、わたしと同じホテルよ。また会いに行けるわね、健次」
「おい、おい!」
 由美子は健次の困り果てた姿を尻目に、その場を笑いながら立ち去っていった。由美子は思った。クアランコクの滞在は、これまでになく刺激的なものになるだろう。

 飛行機は、クアランコク国際空港に着陸した。時差は日本より一時間遅いだけとたいして変わりがない。成田を発ったのが、朝早くで、五時間経った今、現地は真っ昼間だ。
 出口を出、タラップを下りると、そこから強い日差しに真夏の日本に匹敵する暑さと湿気が、体全体を覆った。ここは東南アジア特有の熱帯雨林気候なのである。
 由実子は、こんな気候にはハワイにいたときから慣れ切っていた。ここの方が湿気が強いのだが、また、ハワイに戻ってきたような気分になり心地良かった。
 英明は、飛行機の出口を出たと同時にサングラスをかけ、強い日差しを避けるかのように下を向いて歩いた。ハワイにいたときと同じ行動だ。
 到着ロビーを出ると、黒いリムジンが出迎えに来た。

肌の浅黒い現地の運転手が、由美子と英明の荷物をトランクに入れ、ドアを開けた。
 由美子と英明は、乗り込んだ。
 リムジンが発車した。由美子は、走りながら窓の外を眺めた。
 古く黒いしみ塗れたビルがあると思うと、そのビルとビルの間にトタン屋根で作った掘っ立て小屋がある。まさにスラムだ。通りには、ぼろぼろの服を着た子供や年老いた女性が物乞いをしている。由美子は、東南アジアの小国スワレシアについて知っているだけのことを思い出した。
 スワレシアは、発展目覚ましいアジアの新興工業国として最近世界中の注目を浴びているが、まだまだ第三世界と呼ばれる貧しい発展途上の国々の一つである。
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし