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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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「その通りだ、由美子、先生を信じるんだ。だから、こんなところでほっつかないで、スワレシアに戻るんだ。おまえは明智物産の跡取りなんだぞ」
 全く、こんな時まで、会社のことを持ち出すとは父らしい。
「でも、わたしはお父さんの娘よ。お父さんのことが心配なの。わたし、今はずっとついていてあげたいの」
 由美子は、必死で叫んだ。
「全く、体が疲れて休んでいるときに、大声出すな」
 清太郎は、小声でめんどくさそうに言った。
「由美子さん、その通りですよ。お父さまを休ませてあげましょう」
と野村は微笑みながら言い、由美子の肩に手を置き、
「外に出ましょう」
と体を押した。
 野村と由美子は、病室を出た。
「先生、わたし何だか信じられません。父がただの貧血だなんて。父は、今までどんなことがあっても倒れたりする人ではなかったのですから」
 野村医師の顔は、さっきまでとはうって変わり、堅く重苦しそうになった。その表情は、由美子にとてつもない不安感を与えた。 

 それから一時間後、病院の診察室に、由美子と野村はいた。
 野村は、蛍光板に照らされたレントゲン写真を見ながら言った。
「そうですね。話すべきでしょう。あなたが明智さんにとって、唯一の肉親であるかぎり」
 由美子は、一時間の間、野村を説得し続けたのであった。最初は、何もない、ただの貧血ですよと言い通した野村も、由美子のしつこいまでの熱意に負けてしまったのか、事実を語る決心をしたのだ。
「お父さまは、ガンです。それもかなり末期です。胃を中心として体中に転移しています。はっきり言って、ここまでくると手のほどこしようがありません」
 ぐいっと、由美子の胸に剣を指すような衝撃が走った。まさかと思っていたが、こんなことだったとは。
「それでは、父は、もう・・」
 由美子は、声を出すのでさえ、苦痛になった。
「残念ながら、あと一ヵ月もてばいいところでしょう。病状の悪化が予想以上に進行しています」
「そんな」
 由美子の目から涙がぼろぼろと湯水のようにこぼれ落ちた。
 
 健次は、由美子が突然クワランコクを発った理由を真理子から聞いた。健次は訳も分からず動揺していた。
 安藤は、由美子の父、明智清太郎には一度も会ったことはない。写真は何度か見たことはある。由美子の持ってる写真と新聞や雑誌に財界の著名人として載る写真だ。
 健次はただのサラリーマンの家の出、由美子に比べるとはるかに貧しい家庭で育った。由美子と二人でいるときは、そんな違いなど感じずにいた。健次にとって由美子は一人の女性でしかなかったのだ。健次は、その由美子という女性に引かれ、二人の世界だけを考え付き合ってきた。
 健次は国立大学の薬学部を出た薬理学者だが、所詮は製薬会社に雇われているしがない研究員にすぎない。
 だからといって、そのことで由美子への気持ちが変わるわけではない。ただ、由美子が心配だ。そして、もちろんのこと由美子の父、明智清太郎もだ。
 明智清太郎が、死んでしまうようなことはあってはならないと思った。まだ一度も明智清太郎とは会ってないのだ。会って自分の気持ちを伝えたい。自分、健次が由美子を心から愛していることを、そして、彼女を妻にしたいとさえ思っていることを。
 今すぐにでも、由美子と病床の明智清太郎のそばに行きたかった。だが、今手を付けている研究もほっておけない。あともう少しなのだ。今とても大事な時なのだ。すぐにでも、研究結果を出せれば自分は、日本に戻り、由美子と明智清太郎のもとへ向かう。
 健次は、その決意を心に刻んだ。そして、その気持ちを紙に書き、ファックスで由美子の東京の実家へ送った。

 東京では、そのファックスを家政婦が受け取り、病院で父親に付き添う由美子に渡した。由美子は、涙を流しながら、健次の手紙を読んだ。

 次の日、昨晩から徹夜で過ごした健次は、腹が減り、大学近くのレストランに出向いた。実際、そんな外へ出る時間も惜しいくらいだったが、腹の中はからからで、そのため神経を集中することが、ままならない状態だったのだ。決してそんな状態で、顕微鏡に目を通しても、確かな情報を得ることはできない。自分の情熱から来る無理が、裏目に出ることを恐れた。
 来たレストランは、東南アジア風のファーストフードを出す店といったところだろうか、米と卵と鶏肉を混ぜたような軽い食事が渡される。店は出勤前の現地の人々で溢れかえっていた。
 健次は、ほっと一息をついて、店の外の路上に置かれた、テーブルの席に着いた。
 健次は、ゲンパから知らされた木の上の方に寄生して生える草のことを思い返していた。
 調査隊は、これまで思わぬ場所を見逃していたように思う。たいてい熱帯雨林で動植物を探すというと地面からだ。しかし、意外に地面では熱帯雨林の多種性を見るのは難しい。というのは、熱帯雨林ではフタバガキのような大木が支配力を持つ。土の栄養分は雨でほとんど溶け出されてしまうためあまり多くが残らない。残ったわずかな栄養分は、どっしりと根を下ろした大木の根によって吸い取られてしまう。そうなると、他の植物が生き延びる方法は大木に寄生し大木の栄養分をもらい分けすることだ。草花などの小さな植物は大木の周りか枝などに根付いている。外からは鬱蒼としているようで熱帯雨林の木と木の間の地面は、意外にもすっきりしているのはそのためだ。


 ゲンパから渡された草は木の上方、樹冠と呼ばれる幹のてっぺんで何本もの枝が花が開くように広がっている場所だ。高さは六十メートル以上もある。そこには風や鳥によって運ばれる様々な植物の種が着生している。
 健次の調査隊の医薬品原料探索は、主に大木の周りの地面に生える植物や、それに群がる昆虫や菌類などをサンプル対象としていた。最も、いか仕方ないことである。六十メートル以上の高さの場所を探索することは非常に難しいのだ。

 健次は鶏肉を口に入れようとした瞬間、思わぬ人物に出会った。
「おはよう、健次くん」
 人を小バカにしたような口調、蒸し暑い外でもビジネスマンらしく背広とネクタイのスーツをまとう男、石田英明だ。
「おはようございます」
と健次はわざとらしく丁寧に言い返し、英明と目を向け合った。英明の人を見下すような目つきに対抗するためだ。英明は今サングラスをしているが、隠れたそのいびつな目線は何となく感じ取られる。
「ゆったりと朝食かね。いい薬草でも見つけて熱帯雨林を救うんだなんて言い切ったわりには、のんびりしてるね」
「何か用かい? あんたもここに食事をしに来たのか」
 健次は、かっとなって言った。
「こんなところで食事はしないね。ここの食い物は全然、僕の口に合わなくてね」
「だろうな。じゃ、何なんだい、俺に何か用事があってわざわざ来たんだろう。この辺にはあんたのオフィスはないからな」
「そうさ、君に用事があって来たんだ。由美子さんに会いたいんでね。君とずっと一緒にいるんだろう。大事な話がある。彼女は、ずっと仕事をすっぽかしている。彼女は、君にたぶらかされて、明智物産の重要な人材であることをすっかり忘れてしまっている」
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし