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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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 隊員の中には、朝早くからの探索とあって、すでに疲労が見えていた者もいたが、健次は、全く疲れなど感じていなかった。何日か寝らずにいられるほどの活力が体に漲っていた。
 熱帯雨林の中は年間を通して、気温摂氏二十五度以上湿度九十パーセント以上の高温多湿状態だ。それが、数多くの生物の生命を支えられる豊かな自然環境を作り出しているのである。
 熱帯雨林に生息する動植物は、二ー三百万種ともいわれ、実に地球上の全動植物の三分の二が熱帯雨林に生息していることになる。そのうえ、まだ発見もされていない種も数多くあるのだ。そんなに種類が豊富なのだから、中には癌やエイズを治せる薬の原料が存在していても不思議ではない。
 こんな思惑が、健次のような薬理学者達を世界中の熱帯雨林に引き込んでいるのだ。

 一行は、休憩を取ることにした。というのも、朝早くからこの森に入って夢中になるあまり、食事も休憩もろくに取っていなかったからだ。健次は平気だったが、他の隊員が体に応えていた。森に入ってやっていたことといえば、サンプル探しばかりだ。植物を取ったり、昆虫を取ったりと、可能性のある珍しい生物をどんどん採っていくのである。
 体中、汗にまみれてた状態だ。暑苦しいのだが、長袖と長ズボンを身につけなければいけない。ヒルや蚊が森にはたくさんいて、肌をさらけだしているところに容赦なく襲ってくるからだ。特に足には太腿までを覆う靴下をはく。地面から這い上がってくるヒルの侵入を防ぐためだ。
 辺りから、鳥の鳴き声と虫の音が混ざって聞こえてくる。時折、猿の鳴き声も聞こえる。
 六十メートルぐらいの高さがあるフタバカキと呼ばれる大きな木のたもとに健次は腰を下ろした。水を飲みながら健次は、ふとあることを気にかけ始めた。それは、発電所建設反対集会の時、突然現われた森の原住民ペタン族の男ゲンパのことだった。彼と彼の仲間は、どうしているのだろう。彼らは発電所建設で立ち退きを命じられているのだ。
 すでに立ち退いてしまったのだろうか? 彼らほど哀れな人々はいない。少数民族で原始的な森の生活をしているということもあって、近代化を急ぐスワレシアでは社会に受け入れてもらえていない。
「健次、そろそろ引き上げないか?」
と堀田が言った。
「なんだと、まだまだだ。まだ、何も見つけてないだろう」
「健次、俺たちは急いで来たあまり十分な準備をしてない。ここで野宿できるだけの設備を持ってきていないんだ。食料も水も十分じゃない。おまえが必死になるのも分かるが他の奴らのことも考えろ。とにかく、今日は夜が明ける前に引き上げて、また、明後日に出直してこよう。今日は、ごくわずかだが、サンプルも取れた。それにこのへんの植物の分布の記録も取れた。明日、みんなでゆっくり話し合って、これからの計画を練ろうじゃないか。次は、野宿もできるようにしっかりとした準備をしてここに来よう」
と堀田は、励ましながらも疲れた表情で言う。
 健次は、堀田の言うことに頷いた。確かに、手順をきちんと踏むことは大事だ。薮から棒に行動は取れない。いかに強い熱意を持っていようとも、あまり無計画に行動するととんでもない結果を招くことになる。
 誰でも分かる常識的なことを自分が忘れてしまっていたことに気付いた。とにかく、堀田の言う通りだ。暗くなる前に、引き上げよう。手で顔の汗を拭きながら健次は、そう思った。

 由美子は、ずっと、森の前で健次達が出てくるのを待っていた。健次達が今日中に引き上げることになると、堀田から電話で聞いていた。健次にファックスを送った後、由美子が、心配で堀田に電話をして頼んだのだ。健次は、無鉄砲な性格だ。ハワイにいたとき、そんな性格が災いして仕事でミスを犯すことが多かったのを見ていた。
 由美子は、森に入る許可が下りたものの、いろいろと面倒なことが起こってくるのではと不安であった。父、清太郎も気が変わるかもしれない。会社にとっては、そもそも迷惑千万なことなのだ。健次達には騒ぎを起こさず慎重に行動してもらわなければならない。
 ブーと遠くから車の走る音が聞こえた。背後の農村の田園からだ。由美子が、後ろを振り向くと黒いリムジンが砂埃を撒きながら、自分の方に近付いて来るのが見えた。
 リムジンは、由美子の目の前で停まった。運転手が外に出て後部座席のドアを開ける。 サングラスをかけたスーツ姿の英明が出てきた。由美子をサングラス越しに不気味な目つきで見つめている。
「何しにきたの?」
と由美子が言った。
「由美子さんこそ、ここで何をなさっているんです?」
「あなたの知ったことじゃないわ」
 英明は、停まっているジープ二台を見つめた。ここの警備員から電話があり、社長の署名入りの立ち入り許可書を持った日本人の団体を森に入れさせたということを知らされ、飛んで来たのだった。
「あなたも、あの連中の仲間ですか? 全く、勝手なことをして、ここは本来立ち入り禁止ですよ。何をするつもりか知らないが、荒らされるのは迷惑です」
 英明は、由美子をにらみながら言った。
「どうせ荒らすんでしょ! はっきり言っておくけど、社長であるわたしの父からきちんと許可を取ってやってることなのよ。あなたにこれを止める権利はないわ」
「はい、はい、分かってますよ」
 英明は、由美子が厄介でならなかった。由美子は、自分の父親の会社の利益になることを妨害しようとする変わった女だ。新聞記者に頼んで自分の会社の恥じになるようなことを書かせようとは。盗聴器を通して由美子と大日本新聞の記者の会話を聞き取った時は、さすがに冷や汗の出る思いだった。大日本新聞の社長とは、知り合いだったのが幸いした。
 最大の広告主である明智物産の名誉に傷をつけることは向こうからも願い下げで、すぐに英明の申し出を受け入れてくれた。危ない記事を差し止め、代わりに明智物産の宣伝をしてもらった。予定外の広告収入が入ったと新聞社側も大喜びだった。
 英明は思った。
 由美子こそが今まで会社の恩恵を受けてきた人間じゃないのか? 父親の金でさんざん優雅な生活を送ってきていながら、いまさら、自分の青臭い理想のため会社を敵視するとは、何とも支離滅裂としている。
「とにかく、癌を治すなんて夢のようなことをいうのもいいですが、建設工事が開始されれば終わりですよ」
「ええ、分かっているわよ。でも、その夢のような薬がここで取れれば建設計画も吹っ飛ぶかもね」
 由美子は、そう言いながら英明をにらんだ。 英明は、その由美子の顔に少しばかり圧倒された。だが、すぐに気分を取り直し不気味な微笑みを浮かべ言った。
「由美子さん。ダム建設がそんなにお嫌なら、今すぐにでも中止にすることができるんですよ。お忘れですか? 私との結婚のこと」
 英明は誇らし気に言った。   
「さっさとどっかに行って。あなたとこんなところに一緒にいたくないわ。わたしをこれ以上怒らせないで」
 英明は、またもや怪しげな笑みを浮かべると、リムジンの中へ戻った。リムジンはエンジン音をたて、その場を去っていった。
 
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし