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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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森の命

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 というのは、おじさんが校長室の掃除をし終わった後に、金庫の中にあった三百万円が消えてしまっていたというからだ。
 由美子と真理子は、その話が信じられなかった。二人には、おじさんが、そんな犯罪を犯す人物とは考えられなかったのだ。用務員のおじさんは、警察に連れていかれ、追求を受けることとなった。おじさんは、言葉がうまく使えないものの、警察では必死に無実を訴えた。そのことを聞いた由美子たちは、新聞部員として、また人助けとして調査を試みたのである。
 由美子たちは、用務員のおじさんに最初に容疑をかけた教頭を怪しんだ。
 教頭は、生真面目で校則にうるさく、そのせいか生徒の中で評判の大変悪い男だった。由美子たちは、怪しい教頭の身辺を洗った。
 そして案の定、教頭には怪しいことがあった。教頭は、事件が起こるごく最近まで、サラ金に借金をしていて学校にはよく取り立て屋が訪ねることがあったというのだ。
 二人は、詳しい事情を調べるために聞き込みをして、教頭が借金をしていたといわれるサラ金業者を突き止め乗り込んだ。そのサラ金業者の事務所が明智物産の所有するビルの中にあったことが幸いした。賃貸料を安くすると持ちかけ、その条件として客であった教頭に関するデータを渡せと詰め寄ったのだ。
 そして、教頭が利子を含め三百万円近くの借金をしていて、事件の直後全額それが返済されていたことが判明した。由実子たちは、教頭が真犯人であるという確信を得た。
 しかし、確信は得ても、用務員のおじさんの無実を証明するには、教頭が金庫から金を盗んだことをはっきりと証明する証拠が必要だった。
 盗まれた金は、生徒の親が校長に渡した学園への寄付金だった。金は、紫地に白い牡丹の花柄が入った風呂敷に包まれていた。金と一緒にその風呂敷も盗まれたのである。
 二人は、ある作戦を思いついた。それは、用務員のおじさんは犯人ではなく、真犯人はもしかして、教頭ではないかという噂を広めることだ。サラ金の借金返済に困った教頭が金を盗み、用務員のおじさんに罪をなすりつけたのだと言い広めた。また、誰かが盗まれた金を包んでいた風呂敷を、教頭が持っているのを見たということも加えた。
 この風呂敷こそ事件を解く鍵だった。金と一緒に盗まれた風呂敷包みは、寄付をした生徒の家が呉服屋であったこともあり、特注の世界で一つしかない柄物だったのだ。
 作戦は、予想通りに進んだ。噂が広まり、自分が怪しまれるのを恐れた教頭は、完璧に用務員のおじさんを犯人にでっち上げるため夜中になると、用務員室に忍び込み、紫地に白い牡丹の絵柄が入った風呂敷を部屋の机の引き出しに入れようとした。
 部屋の押し入れの中に忍び込み待ち構えていた二人は、その場面を襖に開けた小さな穴を通して高感度レンズカメラでばっちりと写真におさめた。
 次の日、風呂敷が、用務員室で見つかった。教頭が、他の先生に探ってみるように頼み、机の引き出しから見つけたというのだ。ところが、同じ日に由美子たちの新聞部は、号外版として、教頭が問題の風呂敷を持って用務員室に忍び込み机の引き出しに入れる場面を隠し撮った写真と教頭の借金苦の事実を載せた記事を発行、校内にばらまいた。
 教頭は、警察に逮捕され、当然のことながら懲戒免職となった。何でも、借金の理由は競馬・競輪に夢中になったせいだったとか。
 しかしながら、由美子たちは、正義感からおかした行為と言っても、やり過ぎだと厳しい注意を受け停学一週間の処分を受けた。
 でも、二人は満足であった。用務員のおじさんの潔白が証明されたし、いろいろとスリルのあることも味わえたからだ。
 真理子は、この事件をきっかけに社会に出たら必ずプロのジャーナリストとなり社会正義のために尽くそうという固い決心をすることになった。真理子にとっては大きな人生の転機であった。その頃、真理子は、自分が開業医の一人娘であったために医学部に行き医者となり家業を継ぐことを親から迫られていた。自分のやりたいことを貫くか、親の期待に答えるべきかとずっと悩んでいた最中であったのだが、はっきりと決心をつけるきっかけに出会えたのである。
 高校卒業後、真理子は早稲田大学のマスコミ科に進んだ。由美子は、ハワイへ行ってしまい、二人はそれ以来、ずっと離れ離れとなった。

「今回、やっと海外取材を請け負われたの。この世界一のっぽのビルを取材するためよ。ねえ、由美子、このビルあなたのお父さんの会社が建てたんでしょ。昔のよしみとしていろいろと話を聞かせて」
 由美子は、ちょっと、表情が硬くなった。
「あら、五年ぶりに会ったところで仕事の話なんか持ち出してずうずうしかったかしら?」 
と真理子が、すまなそうに言う。
「いや、そう言うことじゃないの。ただ、ちょっと・・」
「何よ、由美子。わたしたち、親友よ。悩みがあったら、どんなことでも話せるのよ」
 真理子の声が、不思議と落ち込んだ由美子にわずかな活力を与えた。
 
 二人は、タクシーに乗りホテルへ行くことにした。ホテルに着くと、最上階にある由美子のスイートルームに二人は入った。
「わあ、素敵な部屋ね。さすがは明智物産社長令嬢だわ!」
 真理子が、心弾ませながら言うと、
「そんな恵まれた境遇が今ほど憎く思えるときはないわ」
と由美子はそっけなく返した。
 由美子は、英明が由美子に結婚を条件に発電所建設を止めると申し出たこと以外、真理子に今までのいきさつを、すべて話した。
 明智物産が起こすダム建設計画のこと。地元の住民がそれに強く反対していること。森に住むペタンという原住民のこと。警官隊が入り、集会を無理矢理中止させ、留置場に入れたこと。その後、スワレシア国大統領のマラティール氏と話しをしたこと。
 真理子は、言った。
「ひどい話ね。あんなのっぽのビルを建てられるほど発展を遂げてると思えば、影に涙ぐむ犠牲者ありというわけね」
「真理子、お願い。このことを記事にできるかしら」
 由美子は、真理子の腕をつかみながら言った。
「由美子、あなた、何を言ってるの! そりゃ、記事にすべき話だと思うわ。センセーショナルな話だし、こっちにとっては最適なネタだわ。だけど、そんなことすると、あなたの会社はどうなるの。このことが記事にされて一般に知れ渡ると、明智物産は、もしかしてダム建設計画をあきらめなければいけなくなって、とんでもない損害を被るかも知れないのよ。計画が中止にならなくたって、会社のイメージに傷をつけることになるのは間違いないわ」
「いいのよ。わたしが責任を取るわ。社長の娘のわたしが責任を取る。だから、お願い。どうしても、地球の貴重な資源である熱帯雨林を守りたいの。近くに住む住民や森のペタンの人々に苦しい思いをさせたくないの。今まで現実を見ようとせず、ぬくぬくと生活してきた自分が情けないの。今までの自分はなんだったんだって思うと悔しいの!」
 由美子は、目から涙を流して言った。
「由美子!」
 真理子は、目の前で泣き崩れる由美子を見るのは、初めてだった。
「泣かないで。お願いだから泣かないで」
 真理子は、必死になだめた。
「真理子! 力を貸して」
 由美子は、すがる思いだった。
作品名:森の命 作家名:かいかた・まさし