雨のバラード
「ここだ。ラウンジ彩子って書いてある。入るのか?」
克己は古びた昭和のような入り口に、引き返したほうがいいんじゃないか・・みたいな顔で彩子に聞いた。
「いいじゃない。未知との遭遇よ」
訳の分らない事を言いながら彩子はドアを押し開けた。
店の中はラウンジらしくないスナックのような造りだった。カウンター席が10席、ボックス席が二つだけのこじんまりした店だった。およそどおりの禿げた男がカウンターの一番端で若いお店の女の子と話をしていた。絵に描いたような暇なお店だった。
「いらっしゃいませ」
ママらしき少し年上のきれいなお姉さんが笑顔で迎え入れてくれた。克己と彩子はカウンター席の真ん中に座ると、店の中を観察し始めた。
「初めてですよね」ママが聞く。
「ええ」彩子は興味深そうにママの顔を見ながら笑顔を同じように浮かべていた。
とりあえず克己はジントニックを、彩子は水割りをもらった。
「ねえ、ママさんて『彩子』って言うんですか?」
彩子は聞きたかった疑問を最初に聞いた。
「ええ、そうですけど・・・」
「それって本名なんですか?」
「・・・・?」
「実は私も彩子って言うんです」
それを聞いて二人は笑顔がさらに笑顔になった。
「その名前のためだけで、ここに来たんですよ。こいつ・・」
克己もしょうがないなという顔で笑って言った。
彩子ママは「そうなの~」と言い、自分のグラスにビールを注ぎ足し乾杯を求めてきた。
彩子ママは55歳。克己の想像通りバブルの頃、殿方にお店を作ってもらったそうだ。
お金の切れ目は縁の切れ目で今では殿方も去り、細々とこの店を続けてるらしい。昔はこのビルはバブル長者の夢の城でほとんどがプレゼント、つまり女達の戦利品だったそうだ。20数年前の美貌はビルの老朽化と一緒に老け込んだとママは笑い飛ばした。
「彩子って、どうなんだ?ほら、名前占いとかで言うと・・」克己は二人の彩子に聞いた。
「男運が悪いって聞いたわ」ママが言った。
「あっ、それ、私も聞いたことがある」彩子も言った。
「なんだそれ、どうも俺じゃ物足りないって聞こえるんだけど」克己が苦笑いをする。
彩子は50歳になったばかりで、克己は二人の中間の52歳と半年だった。
上下に分かれた二人の彩子は似ている様で似ていなかった。彩子が洋とすれば彩子ママは和の雰囲気だった。顔立ちがきれいでも和と洋ではずいぶん違う。
「もうお二人はずいぶん付き合ってらっしゃるの?」
ママが聞いてきた。
「まだ3回目のデートかな」彩子が言った。
「ずいぶん仲がいいんですね」
「大人の不倫だから仲がいいんですよ」克己が言った。
「あら、まぁ~・・うらやましいわ」
「彩子って男運が悪いでしょ・・だから、こんな男に捕まっちゃったの」
彩子が言う。
「ひどいなぁ~、こんな男って。その割には『楽し~』って言ってるじゃないか」
「悪い男は楽しいことが得意なのよ。だから困るのね」
「わかる、わかる。言っちゃ悪いけど、ここに来る男達は遊び人ばかり。悪い男程もててるわ。たまに来る接待のサラリーマンなんかホントつまらない男が多いんだから」
二人の彩子は同調したのか、顔を見合って笑いあっていた。
「ママもたくさんもてたんでしょ、男転がしで上手に運転して」克己が聞いた。
「いいえ、たくさんいたら今頃こんなとこにはいないわ。私は愛されるのは一人でいいの。一人の人からだけ愛されたら満足なの。仕事柄言い寄られるけど、なかなか昔の男が忘れられないのよね」
「へぇ~、それってここをプレゼントした、これ・・」と言って克己は小指を立てた。
「馬鹿ね、小指は女じゃない。これよ・・」と言ってママは中指を立てた。
「がははは、それって、ちょっとやばいんじゃない」
「いいのよ、たくさん愛しあったから・・・」