昇降機怪談
そして、見てしまった。ゆっくり閉じていくドアの向こうに――みゆきを凝視しているような、目のない土気色の男の姿が。
みゆきは今度こそ悲鳴らしい声をあげると、二度と振り返ることなくその場から全力で離れた。
……その後、エレベーターで何があったのか。別になかったのか。みゆきは何一つ知らない。
「これで私のお話はお終い。あ、大した後日談ではないんだけれど――男はどうしてあんな、新築のマンションに出たのかな。あの後、私も自分なりにいろいろと調べてみたんだけど……工事中や点検中に不慮の事故が起きたという話も聞かなかったし、新聞やネットにも目ぼしい記事は一切見つからなかったよ。雨音と共に現れた『彼』は、もしかしたら私に何か伝えたいことでもあったのかな。
「……え? 執念とか未練? そんなこと、ないと思うけど。ただ今でも時時、特に雨の日の夜とかには、男の姿が鮮やかに蘇る。あの鮮烈な光かな、脳裏に焼きついてしまったらしいんだ……」
「私はあの時、遭遇はしたけど確かに逃げ切ったんだよ。だから、ただの幻覚だということは、分かってるんだけどね――」
語り終えた彼女に、階段でたった今話に上っていた男を見たと、話した方がいいのだろうか。