春の風が吹いて
夕方7時になると雷を伴った強い雨が街中覆った。
風も強く吹いて、春一番らしいというニュースが流れていた。
タクシーでシェラトンのバーラウンジに行くと二人はカウンターで飲んでいた。
「こんばんは」僕は二人のそばに近づくと挨拶をした。
美山さんと陽子が笑い顔で振り返る。
陽子の顔を見るのは久しぶりだった。4年前だから、もう彼女も32歳になるのか・・
久しぶりの陽子は大人っぽくなっていた。昔とずいぶん変わっている。
30を過ぎると女性は妖しい何かを身にまとう。
陽子の人生に何があったのかは知らないが、ずいぶんいい女になったもんだと感心した。
「陽子、変わったなぁ~」
「あら、どんなふうに?」
「よくなった」
「あら、ずいぶんね。もっと言い方あるでしょ」陽子は笑った。まんざらでもなさそうだ。
「こちら美山さん。この前あったでしょ」
僕は美山さんの顔を見ると挨拶した。
陽子は椅子を降り、美山さんとの間に席を設けてくれた。そして陽子は
「今日は美人に挟まれて飲めて、先輩幸せだね」と明るく調子に乗った声で言った。
僕は美山さんと同じものを注文した。
ペパーミントが効いた、ショートカクテルだった。
偶然にも彼女のピアスは同じ深いグリーンの光る石が装飾されていた。
僕が話しながら彼女の耳元をちらちら見るものだから、横から陽子が
「先輩、落ち着かないね。目がいやらしく動いてるよ」と声をかけてきた。
「なに言ってんだ。耳元のピアスがきれいで見とれてたんだ」
「そうかな、うなじの辺りばかり見ていた気がするんだけど」
「子供は黙ってろ。大人の話は色気があるほうがいいんだ」
「私だって、もうじゅうぶん大人ですから」
「そうか・・・辛い恋でもしたか?また、ふられたのか?」
「反対です、最近は振ってばかりですよ~だ」
「ほお、一人前になったな。でも色気じゃ美山さんに負けてるぞ」
「美山さんは特別よ。女の私でも好きなんだから」
「あら、この先輩は陽子ちゃんのことよくわかってないみたいね」と美山さんは言った。
「昔から、わかってないんです先輩は」
陽子はそうだそうだと言わんばかりに美山さんの言葉に反応した。
「そうか?俺が一番気にしてあげたのはお前だぞ。一番厄介者で・・・」
「先輩、私厄介者だったんですか?」
「いや、まあ・・・気にしないと何をしでかすか心配で・・・」
「あら、ずいぶん仲がよかったんですね」と美山が言った。
「いや、そうでもないですけど・・・」僕は陽子と仕事をしていた時を思い出した。
隣のデスクにしてもらったのは僕の提案だった。
案外いい才能を持っていて、彼女のクリエイティブな発想は僕を刺激した。
まだ仕事は上手には出来ないけど、光る何かを持ち合わせていた。
「ところで、陽子。結婚はまだなのか?」僕は陽子に聞いた。
「先輩が置いてけぼりにしたんじゃないですか・・・」
「ん?なにを言ってんだ」
「突然先輩やめたじゃないですか・・・」
「あ~上司ともめてな。カッとしてしまったんだ」
「どうして、辞めること言ってくれなかったんですか」
「それと、お前の結婚とどう関係あるんだ?」
「私、先輩と結婚すると心に決めてたんですよ」
「・・・・・」
「先輩も『ああしよう』と言ったんですよ」
「陽子。。。お前酔っ払った?」
「まだ3杯目です」
「嘘つけ!酔ってるぞ・・・お前、そんなに飲めたっけ?」
「勉強しました。先輩がいなくなって」
陽子はすでに酔っていた。顔も酔った顔をしていた。
美山さんは席を立つと、僕の肩を叩き、
「先輩は後輩の面倒、ちゃんと見ないといけませんよ、最後まで」と言って、
コートとバッグを取り「先に帰るね、陽子ちゃん」と言ってレジに向かった。
「あの~」と声をかける間もなく美山さんは去っていった。