19のあの頃
46の初夏
田舎の田んぼ道で写真を撮っていた。デジタルカメラのレンズに写る苗を植えたばかりの田んぼは、水面に整然と並び青い空と白い雲を映しこんでいた。
風が見える。
サァーと吹きぬける風は水面に波の紋様を作り、鏡のような水面に黒い陰が一瞬だけできる。
そしてまた鏡のような水面。
みどり色した短い苗も、風に吹かれるといっせいに首を傾げるように揺れた。
僕はシャッターを切った。風が見える瞬間を逃さないように取り込みたかった。
中年になり、カメラが趣味になった。
もっぱら風景写真が専門だ。
田んぼの向こうで若い女性と幼稚園児くらいの子供が遊んでいた。
強い風が吹いて、青空の中の苗がいっせいに揺れた。
シャッターを切る音が連続する。
僕はファインダーに注視した。
その時だった。
「キャー、誰か~」叫び声が聞こえた。
僕はその声を聞いて、すぐわかった。たぶん子供がクリークに落ちたのだ。
僕はすぐ走り、クリークの中でもがいてる子供を見つけるとすぐ飛び込んだ。
水は腰あたりぐらいしかないが、子供にとって溺れるには十分な深さだった。
幸い泥だらけになりながらも子供は大丈夫だった。
子供の母親は抱きかかえると泣いていた。
「ゆうた~」
子供も泣き叫ぶ母に驚いたのか、つられて泣いていた。
「ありがとうございます」
「いえ、いいんですよ。よかったですね~大丈夫で」
僕はぬかるんだクリークから滑りながら這い上がると下半身が泥だらけだった。
「まいったなぁ~」
田園地帯のクリークはおよそ田んぼの水だらけなので、ほとんどが泥水だ。
「うちの家で洗っていかれませんか?すぐ近くなんです」
「あっ、ハイ助かります。これじゃ車にも乗り込めないし・・」
「いえ、こちらこそご迷惑おかけしました。すぐ近くですので・・・」
僕は泥だらけの下半身で、田舎の田んぼ道を子連れの彼女に連れ立って歩いた。
男の子二人が泥遊びをして怒られてるような感じがして、一人で笑い出してしまった。