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かんざらし

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軒先の油蝉が鳴き終えると、島原駅前にある定食屋の小さなテレビからは、夏の高校野球大会の試合開始のがサイレンが聞こえてきた。
 
浅草で飲んだ夜、初めて二人と会った去年の夏を岳史は振り返った。顔を真っ赤にして、
お腹を抱えながら一番笑い転げていたのが由佳だったことを岳史は思い出した。
額に汗を流しながら島原名物の具雑煮を食べ終えると、健介は吹っ切れるように言葉を続けた。
「まあまあまあ……いろいろあってさ!」
「何で……。何で由佳ちゃんと……?」
「うーん……まあ」
健介はコップの水を一気に飲み干した。
互いに有休を利用して訪れた東京旅行の本来の目的も、健介は語った。

由佳が島原に越してきたのは高校2年の春だった。父の転勤で東京から島原へ生活の拠点を移した由佳は、同級生の中では群を抜いてあか抜けていた。見ず知らずのこの土地で、とまどうことなくすぐに環境に慣れたのは彼女の持ち前の明るさでもあった。程なくして水泳部に所属した由佳は、同じ水泳部の健介と出会った。
由佳は水泳部のなかで一番のムードメーカーだった。持ち前の記録タイムこそ他の部員に比べれば平凡なものだったが、献身的にマネージャー業をもこなし、部員から一目置かれるほど部内の中心的存在となっていた。男子部員のムードメーカーといえば健介で、同じく飛び抜けた記録タイムを持っていたわけではないものの、キャプテンとして水泳部を牽引し、高校三年の最後の夏を終えた。

苦楽を共にした二人は高校を卒業すると、どちらから、ということなく、ごく自然と付き合い始めた。健介が念願の島原鉄道へ就職し、由佳が地元の重機メーカーの事務職へ進んですぐの頃だった。

一人っ子の由佳の趣味は写真だった。写真好きの父親の影響もあって、子どもの頃からファインダーを覗くのが好きだった。高校時代は、水泳部の大会で毎回カメラを持ってきては部員たちの泳ぐ姿を被写体としていた。一瞬の笑顔を捉えるのも由佳の写真の特徴だった。
 
重機メーカーに勤めてからは、写真誌の公募に作品を送り続けていた。憧れの女性写真家の感性を模倣するかのように、島原市民の笑顔を主役にした、やわらかい雰囲気を持つ作品にこだわっていた。地元誌の表紙を飾ることも少なくなかった。
ここ数年は写真への熱が以前よりも増す一方で、由佳の作品はある企業の公募作品コンテストで最優秀賞を受賞するまでにいたった。審査委員の一人に由佳が尊敬する女性写真家がいたことは、彼女に大きな自信と喜びを与えた。最優秀賞が決まってからは、由佳の人生は少しずつ変わり始めていった。
 
作品名:かんざらし 作家名:OBTKN