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海野ごはん
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novelistID. 29750
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1977年のカーラジオ

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 朝起きると、隣に誰かがいるという事はものすごく幸せなことだ。
特に寒くなる秋の頃は、人肌恋しくなる。
僕はちいより朝起きるのが早いので、大きな胸を揉んで起こすことになる。
朝からのちょっとしたいたずらが僕の日課だった。
「やん、だめだよう・・・」寝ぼけた声でちいが言う。
笑いながら、また僕は胸を揉む。何回か繰り返すとちいは目を覚ました。
「昨日言ってたやつ。あの歌。録音したよ」返事も待たずプレイボタンを押す。
朝からには、けだるいが甘いメロディが流れてきた。
二人毛布の中で横になり目をあけて窓の外を見ながら聞く。
ちいの背中を包み込むように、二人丸くなって静かに聞いた。
いつまでも 素顔の君で・・
いつまでも 君は君らしく・・・
全然、ちゃんとした男じゃないけど、男らしい男でもないけど
今はちいといたいんだ。
だから・・・君は今の君のままでいてくれないか・・・ずっと、ずっと。





それから、僕はカーラジオから何回もこの曲が流れてくる度、彼女を思い出した。
彼女とは小さな誤解から別れる羽目になった。
ポンコツになったビートルは動かなくなり、廃車にした。
そして、僕は大学を辞め働きだした。
そして、ちいとは違う女性と結婚して、離婚した。

人混みの中、電車に乗り、普通に働いて普通の男になった。
あれほどネクタイ族を馬鹿にしてたのに、今は毎日ネクタイをしている。
街路樹の木陰で足を休め、雑踏の中でビルに囲まれた狭い空を見る。
青の色は海の色だったはず・・・あの頃は。
コンクリートの街の砂粒は海辺の砂浜だったはず・・・
30年の月日が、僕の居場所を変えた。
海の潮騒の変わりに、今は都会の喧騒だ。
チラシ配りの声が、やけに嫌に感じる。
みんな捨ててるじゃないか、そんなチラシ。やめろよ。
誰かが捨てたチラシが風に吹かれて足元に転がってきた。
「海のオブジェ創作展―山口ちえ」
僕はそのチラシを拾い上げると、急いで会場に向かった。
波乗りの間一人で待っていたちいの姿を思い出した。
僕の足元の歩道が砂浜に変わった・・・・
                         (完)