ひとつをふたりで
次の日の夕方も雨が降り出した。
ここの所、この時間になると決まって夕立が来る。
街が冷やされるのでちょうどいいが。歩道の木々もうれしいだろう。
仕事を早めに終えた僕は帰宅の途中だった。
夕立の避難場所は、すぐ近くにあったバーにした。
1時間もすれば雨はやむだろう。
長いカウンターの向こうのガラス窓からは、雨に濡れた町の風景があった。
積乱雲の真下なのだろう、あたり一面暗くなっていた。
夕刻のバーは空いている。
トワイライトタイムというのはいい雰囲気で僕は好きだ。
まだ明るいうちに強い酒を飲む。
ウォッカマティーニなどの透明な液体を良く選ぶ。酒の向こうに景色が見えるからだ。
外は大粒の強い雨だ。今日は雨が話し相手だ・・・
ひとつ席を離れた場所に濡れたご婦人がやってきた。髪が雨で濡れている。
彼女も一時避難場所としてここを選んだのか・・
大きな手提げバッグの中からハンカチを取り出し、濡れた所を拭きだした。
バーテンダーがお絞りを渡そうとするのを断って、彼女はキールを注文した。
そして、ため息。あきらめたようにカウンターの椅子に深々と腰を落ち着けた。
年齢は僕と同じ頃だろうか。主婦には見えない。芸術家タイプか。
細長いタバコを取り出すと、火をつけ、ため息とともに吐き出した。
白紫の煙が流れてきた。
「あっ ごめんなさい。ここは禁煙だったかしら」
彼女は流れる煙の向こう先にいる僕を見つけて、気を使った。
「いえ、大丈夫みたいですよ」僕は、目の前にあった灰皿を彼女に渡した。
「凄い雨ですね」彼女が言う。
「そうですね。みんなずぶ濡れだ」彼女の言葉に、何気なく返答した。
携帯電話の呼び出し音楽が鳴る。ラテンポップか。
聞いたことはないがリズムのある音楽が流れてきた。僕のじゃない。彼女のだ。
彼女は大きなバッグから携帯を取り出すと、話し始めた。
「あっ・・」昨日のストラップだ。僕の片割れだ。僕は驚いた。
そして、こんな偶然を待っていたのかもしれない。おかしくて笑ってしまった。
横で笑う中年の男を見て、電話を切った彼女は不思議な顔をして笑顔を向けた。
「どうかされたんですか?」
「いえ、こんな偶然もあるんだなと思って・・・」
僕はポケットから自分の携帯を取り出した。そこには彼女と同じストラップが。
もともと彼女が手作りで作ったピアスなのだが、
昨日、彼女の娘に手直ししてもらったやつだ。
白い貝殻に赤いガラス玉が光っている。
彼女はそれを見て、驚き、そして笑い出した。二人でひとしきり笑った。
「あなたが寂しいおじさんね・・・」あの子の言葉だろう
「いえ、寂しくはないんですが・・・ちょっと・・・」
またおかしくなってしまった。