爆々ねこレース
席についたところで、あやめさんが俺にそっと耳打ちする。
「あっちにいる代表は女装が趣味のオカマです。お気を付けください」
気をつけろって何を?
てゆーか、男なのかあれは!?
俺の中でローズマリーへの注目ポイントが上昇した。
空色ドレスに包まれた小柄で華奢な身体はどう見ても女性で、大きくてエメラルドグリーンの瞳も可愛らしい。しかも、声も可愛らしかった。完全に騙されてた。
――会話が弾まねえっ!
あやめさんはローズマリーにガン飛ばしてるし、ローズマリーは涼しい顔して食事してるし、俺は俺で愛しのエンジェルを見つめてしまっていた。
明日菜?ちゃん?はストローを両手の指先で掴み、飲み物を飲んでいるところで俺と視線が合い、少しはにかんで眼鏡の奥から上目遣いをするところも素敵だぁ。そして、濡れた唇が開かれる。
「どうかしましたか?」
「えっ!?」
惚けていて不意打ちを喰らった。慌てて俺はクールビューティーな表情を作って応対する。
「いや、明日菜ちゃん……じゃなくって、明日菜さんって可愛らしいひとですね」
「……そんなことないですよ」
そう言ったきり、明日菜ちゃんは顔を伏せてしまった。しまった、しまったーっ!
嫌われたかーっ!?
「あ、あの、明日菜さん?」
「…………」
返事がない。完全に嫌われたぁ〜っ!
明日菜さんは俯いたまま俺のことを完全無視。これを嫌われたと言わずなんと言う?
だが、しかし!
俺はあきらめないぞ。今日は駄目でも明日がある。今度会った時に愛の告白をすれば済むことだ。
いやいや、告白は早いな。まずは二人で合う時間を増やしていって、明日菜さんの家に遊びに行って、ついうっかり泊まってみたり。そして、ラストは告白だ!
よし、この作戦で行こう。では、まず、デートの約束を――。
「明日菜さ――ぐあっ!」
俺は背後からの攻撃を受けた。不意打ちだ、曲者だ、暗殺だ。俺を狙って来た国家スパイに違いない。……そんなわけないな。
押し飛ばされた俺は敵を確認した。
空色ドレスにねこ耳の女性(?)二人組み……って、どっからどう見てもローズマリーの関係者!
「きゃーっ、ローズマリーさまですよね!?」
「宜しかったらサイン貰えますか?」
きゃぴきゃぴ、と言った感じの二人組みだ。
明日菜ちゃんは素早く油性ペンを取り出し、ローズマリーが華麗にそれを掴み取る。そして、軽やかなタッチでローズマリーは女性二人組みの服にねこのイラストを描いた。
よ〜く目を凝らしてみると、ねこのイラストの脇に『露渦魔璃李』と書かれている。当て字だ、絶対に当て字だ。
「きゃーっ、ありがとうございます!」
「この服を家宝にして一生大切にしますっ!」
スゴイ大盛況だ。ローズマリーって人気者なのか?
ローズマリーは爽やかな笑顔で二人の女性と握手をした。
「明日のレース、応援してくださいね」
ローズマリーの笑顔炸裂攻撃!
女性二人組み悩殺、失神!
俺、ビックリ!
女性二人組みが突如失神した。ローズマリーの笑顔炸裂攻撃に当たったに違いない。なかなかやるなローズマリー。恐るべしだ。
いやいや、そんなことよりもレースって何だ? 後であやめさんに聞いてみよう。
倒れた女性は速やかに店員たちの手によって運ばれていった。
ローズマリーは何事もなかったように紅茶を飲み、俺の方を見て一瞬、鼻で笑ったような気がした。もしや、これは喧嘩を売られたか。挑戦状を叩きつけられたのか!?
俺のここの中でローズマリーの声が響いた。
――ボクの方がキミより美しい。
そんなことを思っていたような顔だったぞ、さっきの笑みは。
いや、きっと俺の思い込みだ。妄想だ、トキメキだ、ロマンスだ!
ロマンスと言えばマイハニーエンジェル明日菜ちゃん!
って気づいたら、みんな食事終ってるし。終ってないの俺だけ!?
しかも、そろそろお開きにしましょうかって話し合いになってるし!?
会食は終わってしまい、ローズマリーが席を立ったその時だった!
ガシャン!
グラスに入っていた飲み物がモンスターと化して俺に襲い掛かった。
服がびしょ濡れになって、しかもオモラシしちゃったみたいになってるし!
すぐさまナプキンを手に取った明日菜ちゃんが、戦場に赴く戦士の如く立ち上がった。
「大丈夫ですか、白金さん!?」
明日菜さんは俺の上着を丹念に拭き、下の方に手を動かそうとして硬直する。さすがに拭けない。というか、拭かれたら俺も恥ずかしい。
「ご、ごめんなさい!」
明日菜ちゃんは顔を真っ赤にして、壁際まで下がって、後頭部をゴンと壁にぶつけてうずくまった。後ろ下がり過ぎ……。
うめき声を亡霊のように出す明日菜ちゃんには誰も触れず、ローズマリーが俺にナプキンを手渡して頭を下げた。
「ゴメン、まさかこんなことになんて申し訳ない。新しい服を買うお金をお渡ししよう」
「乾けばだいじょぶですから、気にしないで下さい」
俺は爆裂笑顔で応対したが、ローズマリーが一瞬、人を小ばかにするような笑みを浮かべたのを目撃した。俺は確信した。絶対コイツ、ワザと溢したなぁーっ!
拳に力が入る。だが、笑顔だ、俺はいつでもクールビューティーでなけらばならないのだ。
俺の闘志がメラメラと燃え上がる。ここに俺は宣言する。
そう思った時には手が勝手に動いちゃって、俺の指先はローズマリーの鼻先に突きつけられていた。
「俺はお前をライバルだと認める!」
……しまった。ついボロが出てしまった。
後悔先に立たずとは、まさにこーゆー時に言うのだと実感してしまった。
ローズマリーは高らかに笑い去って行き、明日菜ちゃんも慌てて行ってしまった。
その後、俺は残っている食いもんに手をつけながら、あやめさんの話に耳を傾けていた。
「明日は『ハルカ降臨祭』の最終日でございます。最終日には遥か彼方からいらっしゃる神をお迎えするレースが行われます。ズバリ、光さまにはそのレースに出ていただきます」
そう言えばローズマリーもレースがどうとかって言ってたような気がする。もしや!
「あのローズマリーとやらもレースに出場するのか!」
「ええ、もちろんで御座います」
「その勝負買った!」
この決断に俺は0・1秒もかけなかった。まさに即答だ。
ジンセーの決断はその場の乗りだ。俺はいつでもそうやって生きてきた。今回もそのノリで、この難関を見事突破し、正義の名のもとにローズマリーを成敗してくれる!
「では、レースについての詳細をご説明します」
「あ、うん」
あやめさんは淡々としていて、燃え上がっている俺との絶対的な温度差があった。どういうわけか、あやめさんのペースに引きずり込まれてしまう。まさに底なし沼に足を踏込んじゃったよ状態……なのかっ!
「レースは二人一組で走りゴールを目指すという障害物形式をとっております。街中を走るコースにはトラップが仕掛けられ、最悪の場合は……ということも御座いますのお気をつけ下さい」
「今の間はなに? 明らかに嫌なものを含んでますよ的な間はなんスか!?」
「お気になさらずに、では次のご説明を――」
さらっとせせらぐ小川のごとく流す気ですか、あなたさまは!
作品名:爆々ねこレース 作家名:秋月あきら(秋月瑛)