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紗の心

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八十八夜を数日過ぎ、暦では夏になったある日、その陽射しは初夏のような暑さで
辺りを照らしている。
仕事の途中の私は、入り組んだ路地であの人を見かけた。
麻の葉色の着物に薄紅の帯、生成りの日傘を差して、角を曲がって行った。
何故か気になり、足早にその人を追いかけてしまったが、その角に差し掛かったときには、
その人の姿はもうなかった。
その先に細い階段が見えた。(あそこを上がったのかな?)
その階段の先はまだ私の知らない所だ。
(行ってみるか)
見上げてみても途中から曲がっているのか先まではみえない。
段に足を掛けたとき、携帯電話が鳴った。
私は、そのまま引き返すこととなった。
広い通りに停めた営業車の所まで戻る間も 2、3度振り返りその人の姿を探した。
もちろん見つけられはしなかったが、また会える気がした。

翌日、近隣の営業に訪れた私は、少し足を延ばしてその路地の辺りへと車でやってきたが、
その奥の路地までは踏み入らなかった。
その人には会えなかった。

その後、仕事に追われる中、その人の後姿もその人のことさえ記憶の端に消えようと
していたある日、再びそこを訪れる機会ができた。
駐車場に車を停めて近くの仕事先へと向かった私は、いつもより落ち着きなく商談を
していた気がする。
どこか、早く切り上げてあの路地へと迷い込みたかった。
そんなときにかぎって実に商談が上手く進み、書類や資料の説明が長引いた。
しかし、この勢いで良いことも起きるのではないかと、まったく前向きな自分を褒めて
みたい。
その予想は、嬉しいものになった。
路地を入ってすぐに後姿のあの人を見つけた。
その人は、この日も着物を着ていた。
いや着物を着ていたから気付くことができたのかもしれない。
先日の着物とは違い、水色に花が描いてある。
片手に抱えた風呂敷包みが、その姿を印象づけた。

作品名:紗の心 作家名:甜茶