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京都から想いを込めて、あなたへ~私の古都めぐり~

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 一度は電車通学をしてみたいと思っていたけれど、

 現実にMさんのように姫路から往復四時間かけて毎日、京都との間を往復するのは

 本当に大変だったろうと思います。

 今でも、姫路を通る新快速にのるたび、姫路のミキちゃんを思い出します。

 今はもしかしたら、遠方に嫁がれて姫路にはいらっしゃらないかしれませんが。。。

 もしMさんがこれをご覧になったら、

 あ、私のことだ! とすぐにお判りになると思います。

 今からもう気の遠くなるような昔の話です



☆ 京都名所案内~本能寺跡~

 こんばんは。

 今日は恒例? の京都名所案内にしようかと思います。

 今回、ご紹介したいのは本能寺。

 本能寺といえば、かの有名な織田信長の終焉の地でもあります。

 京都で暮らすようになるまで、あまりにも有名な場所だったので、

 いつしか本能寺って、こんな感じの場所だろう。。と勝手に想像を

 膨らませていました。

 私が見た本能寺は、京都の超繁華街のど真ん中に

 ある正しくいえば本能寺跡。

 今の本能寺はこことは違う場所にあり、信長が亡くなった場所ではありません。

 昔の本能寺があった場所には、現在は記念碑が建っています。
  
 とにかく、今は、これがあの歴史上、有名な舞台なの?

 と目を疑ってしまうくらいの場所です。

 しかも、新京極といって、京都でもひときわ賑やかな繁華街の中です。

 正直、目にしても、信長サン終焉の地に自分は今、立っているんだなぁ

 という感慨に浸るような気分じゃないです。

 歴史大好きの私はも新京極にかの有名な信長終焉の地があると聞き、

 歓んで出かけたものでしたが、目の当たりにした感想は少し外れでした。

 しかし、信長が明智光秀に討たれてから、それほどまでに

 気の遠くなるような年月、時代を経たのだと考え方を変えてみれば、

 時代の変遷というか、うつろいを感じずにはいられません。

 さて、信長といえば、色々な俳優さんが演じてきましたね。

 大河ドラマで今、私がすぐに思い浮かべるだけでも、緒形直人、反町隆史

 などがいます。

 緒方さんは主演でしたが、本当に新鮮な信長像でしたね。

 また、反町さんは男っぽくてクールな信長が結構、ハマッていました。

 古くは藤岡広さんも大河で信長をやりましたが、私は、この方がいちばん

 私の思い描く信長像に近かったと思います。

 一時期、実は信長は女性だったという実に大胆な設定の小説が流行りましたが。。。
 
 正直に申し上げると、私は、あれはいくら何でも話を飛躍させすぎのような気がします。

 歴史には絶対はあり得ないのは判っていても、信長が女だったという設定だけは

 受け入れがたいというか。

 ウチの娘がまだ生まれる少し前、倉本由布さんという方が描かれた小説で

 信長の妻濃姫が実は現代からタイムトリップした女の子だったという設定の

 物語を読んだことがあります。タイトルはもう朧な記憶でしかないので、もしかしたら間違

 っているかもしませんが、濃姫夢紀行だったと思います。

 現代の女の子が信長に恋して、子どもまでもうけて、確か怪我した信長が

 現代に来て治療を受けて助かるー? っていうようなストーリーじゃなかったかしら?

 切なくて素敵な恋物語で、シリーズものだったので、夢中で読んだ記憶があります。

 信長と濃姫の間に生まれた娘が成長し、その子が主人公のシリーズもありました。

 もちろん、歴史には濃姫は子どもに恵まれなかったという記録があり、

 娘がいたという史実はありません。

 いずれにしても、信長から秀吉、家康と三人の天下人が次々に並び立ち 、

 時代が戦国から太平の世へと移り変わった時代は歴史愛好家から見れば

 まさに血湧き肉躍る! ロマン溢れる時代、

 物書きにとっては、妄想の翼を限りなくひろげられる時代といえましょう☆


☆ 京都で出会った孤高の職人さん~職人気質を目指したい!~

 引き続いて、小説ネタです。

 一つ目の記事に関係しますが、もう一つ、最近の私が忘れがちだったこと

 がありました。

 それは、職人のような物書きを目指したいという目標。

 たぶん、だいぶん前に、このブログでも書いたと思います。

 小説を書くって、職人が一つの作品を作り上げる過程と実はとてもよく似ています。

 下書き書いて、完成させるまで。

 完成した下書きを読み直して校正して、形を整えていく。

 荒削りだった作品が校正を重ねるごとに

 形を整えて完成に近づいてゆきます。

 それって、彫刻作品を完成させるみたい。

 最初はあらあらっとした形だったのを細かい部分を整えて完成形にしていく。

 こういう作業はとても根気と集中力の要るもので、

 私は職人さんのお仕事に似ているなと、かねてから考えていました。

 もちろん、あんたの書いてる小説って、そんなたいしたもんやないがな~と

 言われれば、それはそうですが-笑。

 なので、あくまでも理想です

 もうはるか昔、私がまだうら若き女子大生であった頃、

 京都の万福寺というお寺に行きました。

 黄檗宗の古刹で隠元隆琦ーいんげんりゅうきー

 という高僧が開祖です。

 その近くに宝蔵院という場所がありました。

 お寺ではありません、そこでは、いまだに手刷りのお経本が創られているのです。

 あの光景を私は恐らく、一生忘れないと思います。

 それくらい印象的な光景でした。

 昼なおうす暗い部屋で、職人さんが一枚一枚、一字一字、

 お経を手刷りしながらお経本を作り上げていく作業がそこで行われていました。

 確かひとこと、ふたこと会話させていただいたように記憶していますが、

 本当に機械は一切使わないで、職人の手作業で行われていくと聞きました。

 まさに、気の遠くなるような作業です。

 しかしながら、まだ遠い昔であった時代から

 まったく変わることなく受け継がれてきた伝統の技でもあります。

 それこそ、まさに職人魂といえるかもしれません。

 若かった私はその時、僧侶ではなく、まったくの俗人である職人さんが

 一人の求道者のように見えたものです。

 毎日、一日中、人気のない場所で黙々とお経本を手刷りしていたら、

 何かその先に見えてくるものがあるのではなだうかと思えましたし、

 恐らく、そうなのだろうと思います。

 それはたぶん、誰かから教えられる知識としての教えて゛はなく、

 職人さんが向かい合ってきた気の遠くなるような孤独

 眺めてきたお経本の中の字や内容だとか、

 そんなものが自然にその職人さんに気づかせるのではないかと思います。

 とても興味深い光景でしたが、邪魔になっては申し訳ないので、

 早々に切り上げました。

 今でも、私はあの職人のさんの孤高な姿を思い出すことがて゜きます。

 今日は本当は、ここまで話題をひろげるつまりではなかったのですが、

 職人気質について書いていたら、あの宝蔵院の光景が鮮明にいきなり