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冬野すいみ
冬野すいみ
novelistID. 21783
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すみれを摘んだ

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あるとき私は「好き」などと言う言葉にだんだん嫌気がさして、その音に吐き気を覚えた。気分が悪かったのか、その言葉がなんだか頭に鋭く突き刺さったように感じた。目の奥で火花のように爆発する。
口は勝手に心を言葉にしていた。

「何で私を好きなの」

男は私を見て、またいつもの困ったような、でも呆れたような顔をして言った。何で私が呆れられないといけないのだろう。不条理だ。

「だって…、お前は俺を愛していないだろう」

困ったような顔をしながらその目は何も思っていなそうに空っぽだった。ああ、馬鹿だ。やっぱりこいつ馬鹿だ。どこかに放り出して、粗大ごみの日に捨ててやりたい。粗大ごみは料金を取られるから、生ゴミの日に細切れにして捨ててやりたい。私はどうしようもない苛立ちと、虚しさを持て余した。やりきれない。





男は愛される男だった、らしい。らしいというのは私はこの男のことをよく知らないから。家族に愛され、友に愛され、女に愛される。そんな男だった、らしい。適度に嫌われ憎まれもしただろうが、おおむね愛されていたらしい。
私の知る男は家族もどこにいるのか分からない、友もいるのかいないのか不明、女には万が一好かれることがあっても愛されることはなさそうだ。と思う。

仮に、男の言葉を信じて「愛される男だった」としよう。
けれど男は愛することのない男だった、そうだ。…言いながらなんじゃそりゃ。意味が分からないと思う。
男が言うには、家族も友達も女も「好き」と言えばよかったのだそうだ。優しくして、笑ってれば良かったのだと言う。けれど愛することは分からないのだと、できなくて困ったのだと。

私は最初にそれを聞いたとき、馬鹿じゃないのかと思った。そんなものは考えるのではなく、自然にそうあるものだ。ただの思いであり衝動だ。形を確かめて、考えようとしてること自体に意味が無い。
けれど、そんな疑問を持って困惑する時点で男はやはり愛することすら分からない馬鹿者なのかもしれない。
少し哀れに思ってみたりもした。はあ。

だが、私は人のことをどうこう言えるほど立派な人間ではない。そもそも「愛」などと面倒で寒いことを真面目に語るほど、神経が鋭くはない。図太くもない。もっといい加減で、過敏で、貪欲だ。




どうでもいいが、男は”すみれ”と名乗っていた。
私はそれを最初に聞いたときすごく嫌な顔をしたと思う。寒すぎる。気持ち悪すぎる。大の男が真顔で言う名前に私は鳥肌が立った。男はどこにでもいるような男で、良いように見れば整っているといえなくもない顔と、別に印象に残りもしない平凡な顔を持つよくいる人間。

そんな男が「すみれ」とはなんだ。そんな可憐で美しい花の名前はどんな美男子でも似合わないだろう。花の名前は女性だからこそ許される特権なのかどうかは知らない。私は花の名があまり好きではないから。花の名の何がいいんだろう。

男が言うには「すみれ」の花が好きなのだそうだ。紫色が綺麗で小さくて可愛いのだと。私はまたその乙女のような言い草にぞっとした。紫は高貴な色なんだとかも少し自慢気に言っていた。お前はいつの時代のお貴族様だ。
やはりこの男は気持ち悪い。というか多分何かが抜けている。


花は、花の名はそれだけで気持ち悪い。花というのは人間にとって良くないものにも思えるから。惑わされる、狂わされる、そして花は愛玩される。咲いて枯れていく人の命みたいで寒々しい。
爆発する静かな生命力。花、無言で訴えかけてこないで欲しい。

それに、花の名を持つ男の傍にいるのは、なんだか私が花を摘んだみたい。すみれを摘んだみたい。男を摘んだみたい。もしくは買ったみたい。ああもう嫌だ。
吐き気がする。
作品名:すみれを摘んだ 作家名:冬野すいみ