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「まっさかぁ。本気なわけないよ。だけど、もっと大事なものを忘れたら、やばいよね。気を付けないとね」
「そうよぉ。気を付けないと、ねえ」
 そこで話が途切れた。同時に周囲からの注目も途切れた。由美は周囲に目を走らせた。中野は腕の時計を見た。ここで電車を下車してからまだ十五分程度しか経っていないことに愕然とした。あと四十五分近くも待たなければならないのだと思うと、忘れものをした自らの迂闊さに腹が立つ。
 暫く黙っていると、日中に描いた裸婦の絵を思い出した。出来が悪いので由美に見られたくないと、彼は思う。中野が描いた風景画は展示すれば誰からも賞賛されるのだが、人物画はまるでひどいものだった。小学生が描いたような拙劣さである。デッサン力のなさが如実に露呈されている。
「裸婦は好き?」
 中野は由美に尋いた。
「その話題はパスしたいわぁ。肌の色がねぇ、ひどくなっちゃうの。モデルさんに泥を塗ったみたいになるんだから」
「こっちのは凄いよ。やけどしてるみたいだからね。あんなの誰かに見られたらホント、恥ずかしくて自殺したくなる」
また電車が入ってきたので中野は叫ぶように云った。