過去からの訪問者(6月4日変更)
午後四時にそれが終了し、そのあとは銀座のビアホールで女子大生だというモデルを囲み、和やかに談笑をしようという話も、棚橋の発案だった。だが、中野はこれといって用事もないのに彼からの誘いを断った。銀座四丁目の歩行者天国で仲間たちと別れる際、棚橋は気になることを云った。来年は或る美人と結婚するかも知れないからそのときはよろしく頼むと、彼は云ったのである。中野はがむしゃらに雑踏をかき分けるようにして有楽町まで歩き、電車に乗った。
勤め先が潰れそうになっている。それが気がかりだった。先週の月曜日の朝、見知らぬ男が急に新社長に就任し、社員の前で挨拶をした。それまでの社長は行方不明になっているという噂が、その日のうちに社内に拡散して騒然となった。その数日前の夜中には、印刷機が運び出されたという噂も流れていた。
「こんにちは。お久しぶりです」
次の電車が入って来たとき、その声が物思いに耽る彼を驚かせた。騒音を背景に聞えたのは、若い女性の声だった。ベンチに腰掛けていた中野の前に、かなり可愛い華やかな笑顔の若い女性が唐突に現れたのである。どこかで見たことのある顔だとは思ったものの、どこでどう知り合った相手なのかが、咄嗟には思い出せなかった。
紫系の細かい花柄のスカートと白いノースリーブというのは、一時間余り前に別れたモデルと似たような服装だと思った。身長はその世代の女性の平均よりは少し高いかも知れない。ウエストも、長い脚も細い。
「……はい。久しぶりにお会いしましたね」
中野はまだ目を丸くしたまま相手を見上げている。
作品名:過去からの訪問者(6月4日変更) 作家名:マナーモード