アトリエの恋
あとで判ったことだが、彼は自らの想いを告白し、彼女に退けられたのだった。
その前後、林は大学への進学を諦めるよう、両親から云い渡された。それが失恋と重なったのだった。
彼は縊死を遂げた。
葬儀がとり行われた寺で、キンモクセイの香りに包まれながら阿坂は泣きながらマイクに向かって弔辞を読んだ。
「浩樹さん。車を停めて」
阿坂は車を路肩に停めた。そこは急カーブが連続する道で、助手席側の窓に下界の街並みが広がっていた。
「どうしたの?泣いてるよ」
「……」
「ねえ、どうしたの?泣かないで」
「……ごめん。昔のことを思い出してしまったんだ」
「話して。聞かせて欲しいわ」
「話したら、余計に哀しくなるよ。それに、話しだしたら日が暮れてしまう」
「そうなの。あと一キロで日帰り温泉に着くから、そこで気分転換して」
「あと一キロか。じゃあ、頑張るよ。ごめんね」
そう云ったあと、阿坂はさやかを抱きしめてから、口づけをした。
*
「どこか景色がいいところで食べましょう」
そこから先はひたすら下り坂で、やはり急カーブの連続だった。
「もう少しおとなしく走れないの?」
「ごめんね。こういう道が大好きなんだ」
「事故になったら大変よ」
「適切な速度で走っているから、その心配はないよ」
ヘアピンカーブでは必要な減速をした。それ以外のところではかなり速く走った。
紅葉の間に湯けむりが上がっているのが見えた。駐車場には数台だけ、車が入っていた。
「ジェットコースターみたいだったわ。暴走族だったことがあるでしょ」
さやかは笑っていた。
「車が好き、温泉も好き、さやかさんも好き」
阿坂も笑顔で云った。
「お昼まで温泉ね」
料金は阿坂が二人分を支払って奥へ向かった。
壁には周辺の山々を映した写真が飾られている。休憩所のソファーの近くに大きな油彩の、山の風景画があった。
「スケッチブックを持ってきたでしょう。わたしも持ってきたの」
「じゃあ、あとで描いてみたいね」
「今日はあの絵具持ってきてないのね」
「因縁のカドミウムレッドのことだね」
二人とも笑顔だった。