アトリエの恋
「伽耶子のために」とほぼ同じケースだった。
その話はさやかには黙っていようと、彼は思った。阿坂がさやかと結婚したいと云えば、両親はまた反対するだろう。そう思うと気が重かった。
見知らぬ町を走っている。沿道のコスモスが美しい。窓を開けるとキンモクセイのいい香りが侵入してきた。
小学生の頃から、在日韓国、朝鮮人のクラスメイトと共に学んできた。一人残らず秀才揃いだった。阿坂はなぜかそういう生徒と親しくなった。
高校では、毎日行動を共にする親友の、両親が韓国人だった。父親はタクシーを仕事にしているのだと云っていた。
名字は林。韓国語読みで「イム」。彼はメダカを繁殖させることが趣味で、大きな水槽に無数のメダカを飼っていた。
感受性が鋭く、映画が苦手だと云っていた。映画のラストで主人公が死んでしまうと、彼は最低一週間、落ち込まなければならなかった。
彼は背が高く、細面できれいな顔の少年だった。眼鏡をかけていた。
彼が好きな女子高生が、阿坂に惚れていたらしい。ジャズ喫茶で知り合った女子高生だった。
阿坂はアイススケートが好きで、放課後によく街のスケートリンクで滑走していた。そこへほかの高校の或る女子生徒が現れ、何度か手を繋いで滑ったことがあった。その女子生徒に、林は恋をしていたらしい。