アトリエの恋
芥川賞作家、李 恢成の「伽耶子のために」が、阿坂の最も好きな小説作品だった。この作品は、伽耶子という名の日本人の娘とサンジュニという在日朝鮮人青年の恋愛を美しく、余りにも美しく、そして、余りにも切なく描いたものであった。
阿坂はこの小説を読んで、何度泣いたか知れない。今、阿坂はさやかの運転する車の助手席に居て、涙を禁じ得なかった。さやかは阿坂の様子に気づいて車を路肩に停めた。
「どうしたの?わたしが韓国人だということが、そんなに哀しいこと?」
阿坂は李 恢成の「伽耶子のために」という作品についてさやかに説明した。
「逆のケースね。でも、確かに哀しいことよ。わたしはね、いついかなる場合でも、
外国人登録証を携帯していなければならないの。だから、どこかの温泉に入るときだって、外国人登録証は肌身離さず持っていなければ法律違反なのよ。ひどいと思わない?」
「そう?それはひどいね」
「それにね、仮にわたしがあなたと結婚したとして、生まれた赤ちゃんは日本人ではないのよ。あなたがつくった可愛い子が、日本人の子供として、あなたの子供として、認められないのよ」
「それは更にひどいね。それは何とかするべき問題だね」