アトリエの恋
「わかった。マスター!ラーメン、麺硬めでひとつお願いします」
阿坂は店の奥に向かって大きな声で云ったつもりだったが、その声は厨房まで届かなかったらしい。すぐにジンさんが阿坂に代わって彼の注文を伝えてくれた。
「はいよー。ラーメン麺硬一丁」
阿坂はジンさんに礼を云った。
「二人は〜一つの〜ラーメンを〜分け合うほどの〜愛で結ばれ〜て〜る〜」
「アオちゃんには降参だ」
「面白いひとね。アオちゃん」
さやかも幸福を感じているのだろうと、阿坂は思った。
さやかの家までは直進で十分余りの距離だった。バス通りだが、最終バスの時間は随分前に過ぎていた。タクシーもあまり通らない道だ。
さやかの家までの間には、清涼飲料の会社、理髪店、マンション、クリーニング店、スーパーマーケット、酒屋、和菓子店、コンビニ、スナック、コインシャワー、生花店、寺院、鮮魚店などが、一般住宅を挟みながら並んでいた。
コンビニとスナック以外はどの店も営業を終了していた。だから寂しい雰囲気だった。
二人は手を繋いで歩いて行った。道路の中央寄りを阿坂が歩いた。先程中華料理店を出るときに、青島はさやかを絶対に幸福にすることを、阿坂に約束させた。それを聞いていたジンさん、リョウさん、キミ子さん、ケンイチさん、ノボルさん、そしてマスターが、青島と同じことを云った。
「みんないい人たちね。来年のお花見は、一緒に参加したいわね」
「そうしよう。でも、何か御馳走を持って行くことが参加条件だからね、よろしく頼むね」