アトリエの恋
「午から四時間と午後六時から二時間、名簿を見て電話をかけまくるのはきついですよ。一分話せたらいいほうです。殆どは間に合ってますガチャン、ですからね」
「まあ、楽な仕事はありませんよ。ところで、今日もタンメンでいいの?」
「ちょっと待って。壁に貼ってあるのを見て注文するんだけど、何がいい?」
さやかはゆっくりと首を回して壁の短冊を見ていった。
「私の〜おすすめは〜餃子と〜ニラレバ炒め〜です〜」
「じゃあ、アオちゃんさんのおすすめのお料理をお願いしましょうか」
「アオちゃんだけで〜結構です〜さんは〜要りません〜」
アオちゃんはにこりともせずにそう云った。阿坂は笑わずにはいられなかった。
「アオちゃん節は今日も絶好調だね」
笑顔でそう云ったのは、席をあけてくれたジンさんだった。彼は四十年も左官屋をしている人だった。
「阿坂さんごめんね。レバーを切らしてるから、野菜炒めと餃子でいいかな?」
「はい。あと、ビールを一本頂きますよ」
阿坂は靴を履いてから冷蔵庫の前へ行き、冷えた瓶を一本取り出した。
新聞配達員のリョウさん、印刷屋の奥さんのキミ子さん、失業中のケンイチさんとノボルさんもいると、阿坂は見まわしながら思った。
そして、プラスティックのかごからグラスを二個取って戻った。
この店の常連たちは、春には毎年近くの公園で花見をしていた。今年は長期の出張のために、阿坂はそれに参加できなかったことを思い出した。
阿坂はさやかにグラスを渡したが、彼女は彼から瓶を受け取って阿坂のグラスにビールを注いでくれた。阿坂はさやかのグラスにビールを注いだ。