アトリエの恋
「阿坂さん〜元気だった?〜」
メロディーを即興でつけてまるでミュージカルスター気取りで歌うように云ったのがアオちゃんである。彼はウイスキーのボトルを前に、座敷の中央の指定席に座っていた。五十歳を超えている雰囲気だが、年齢も正確な名前も、阿坂は知らなかった。
アオちゃんの前にいた二人の男たちが分散してほかの席に移動した。
「ようこそ〜可愛い〜お嬢さん〜」
アオちゃんは常に酔っていて、素面の顔を阿坂は見たことがなかった。午前十一時の開店から閉店まで、ずっと店に居座っているという噂だった。
「こんばんは。よろしくお願いしますね」
さやかは笑顔で云ってアオちゃんの斜め前に座った。その隣に阿坂が座って尋ねた。
「ご病気は如何ですか?」
肝臓か胃が悪いと云っていたのを阿坂は思い出して尋いた。
「ご病気は〜見ての通り〜薬の水割りで〜治療中です〜」
「医者の薬を水割りで流し込んでるんだからね。治るものも治らないよ」
マスターは終始笑顔だった。もうすぐ還暦らしいのだが、そうだとすれば十歳は若く見えた。
「阿坂さん。セールスはうまくいってる?最初は辛いことだらけかも知れないけどね、可愛い嫁さん候補のためにも、頑張ってよ!」
マスターのそのことばを聞いてさやかはにこにこしている。