アトリエの恋
紺色の軽乗用車をそう呼んでいた。鯨瀬が笑顔を見せている。
「阿坂君。ひと月でトップの北川さんに迫る勢いじゃない。たいしたもんだよ」
「超美人の彼女に尻を叩かれて、仕方なく頑張ってるんですよ」
阿坂が云ったのはさやかのことだった。
そこに亀井が入って来た。例によって二日酔いのようだ。
「おはよう。頑張ってるかい」
「亀井さん。いつも通りの遅刻だね。でも、昨日より三十分も早かったよ」
そう云った山元は勿論笑顔ではなかった。
「目覚まし時計がまた故障だよ。買ったばかりなんだけどね」
「そいつを修理する前に体内時計を修正してくれよ」
山元の声が大きくなった。
教材を揃え終わった阿坂は、行ってきます、と云って室外へ出た。
*
公園沿いの道路上に停めた旧い紺色の軽自動車の中で、阿坂は少し居眠りをしていた。幼い子供が蹴った子供用のサッカーボールが車の左ドアの辺りに当たったらしい音で目覚めた。時刻は午後二時五十分になっていた。
そこから歩いて五分のところに、まだ新築という印象のその家はあった。三階建てで、煉瓦のような外装である。カーポートには小型の外車があった。
「ごめんください。サンライズ教育出版の阿坂と申します」