アトリエの恋
声に興奮があらわれていた。ほかの六人の営業マンが手を止めている。阿坂のやりとりに注目しているのが判った。
「じゃあ、とにかくその教材を見せてくださいよ」
「承知しました。いつ伺いましょうか」
「今日ですよ。一日でも早く子供を楽にさせてあげたいんです」
「それが親心というものですね。じゃあ、お時間は?」
「三時にいらっしゃってください」
「三時ですか……忙しいけど、なんとかしましょう」
電話を切ってから改めて壁の時計を見た。現在の時刻は、午後一時半を過ぎたところだ。
コの字型に並べられた机の、最も出口に近いところが阿坂の席だった。各机の上に電話機だけが置かれていた。
「阿坂さん。今日も絶好調だね。確かにやる気が重要だって、教えてもらったなぁ」
そう云ったのは阿坂の次に若手の吉村という男だった。阿坂の隣が声をかけた吉村の席である。彼はちょうど三十歳だった。
高校受験対策の教材を販売するその仕事は、アトリエの武井が紹介してくれた。武井の学生時代の友人に、鯨瀬という男がいた。それがここの最古参の男で、吉村と反対側の阿坂の隣の隣の席に座っている。
「そうですね。やる気、元気がないと、世間の荒波にのまれてしまいますからね」
「これから出るんだね。頑張ってくれよ。期待してるからな」
山元課長が厳しい表情で云った。
「コンケイを使っていいんですよね。じゃあ、行ってきます」