アトリエの恋
「大げさですね。さやかちゃんがここで笑ったのは初めてのことですよ」
「先生、そんなことないですよ。わたしは明るさが取り柄なんですから」
「そうだったね。ごめん、ごめん。はい。六号のキャンバス」
「ありがとうございます」
阿坂は教師から受け取ったものをイーゼルに設置した。同時に彼は自分の左側および左後方の人たちが描いているのが中央のテーブルの上の、灯油ランプや色ガラスのワインの空き瓶、貝殻などの静物であることに気付いた。
「先生。モチーフはどちらでもいいんでしょうか」
「好きな方を選んで描いてください。描き方も色もお好きなようにどうぞ。私は抽象画専門ですから具象画を描けなんてそんな野暮なことは云いません。とりあえず一定の平面を色彩で分割したものが絵画だと考えてください。あくまでも自由に、描きたいものを描いてください」
「梅田先生、急に『チビまるこちゃん』を描きたくなりました」
阿坂と同年輩らしい丸顔の男がそう云うと、さやかはまた笑った。ほかのひとたちも笑っていた。冗談を云ったのが樫村さんだと、彼女は阿坂に教えた。
「そういう人は漫画教室へ行ってください」