アトリエの恋
第9章 願い事
さやかが乗って来た路線バスに、阿坂が乗り込んだときはかなり激しく雨が降っていた。最初の電車で三十分余りののち、電車を乗り換えた。二本めの電車には二十分余り乗っていた。
その間に阿坂はさやかの手製のサンドイッチを食べた。
「うわっ!……ここまで感動的に美味しいのは初めてだ。サンドイッチの店を開業するべきだよ」
阿坂は眼を潤ませて云う。それは、本当に感動的な美味しさだった。
「そんな風に云ってもらえて嬉しいわ」
さやかは驚いた顔をみせてから涙眼になり、そして嬉しそうに笑う。
「さやかさんは料理の天才だね」
「阿坂さんのほめ方も天才的ね」
電車からおりてまたバスに揺られ、午前七時に終点の登山口の峠に着いた。バスからおりたのは全部で二十人くらいだった。そこをふたりが出発したときは雨がやんでいた。
二十分ほど林道を歩くと、尾根を登り始めた。尾根には先に登り始めた人たちの姿が見えた。
その急峻な尾根の登りは延々と続いた。登山デビューにしてはかなりハードなコースであるのだが、さやかは愚痴をこぼすことなく、黙々と登った。