アトリエの恋
「それは去年のクリスマスイブに云ったことだね」
「正解。日記に書いてあるから間違いないわ」
「本当?じゃあ、迂闊なことは云えないな。隠し録りしてないだろうね」
「いいわね。名案じゃない」
「拙いこと云ってしまったかな。ところで、さやかさんはピアノを奏くひと?」
「ええ。でも、映画音楽とかをアレンジして奏いてることが多いかな」
「じゃあ『ひまわり』を、いつか聴かせてくれる?」
「大好きな曲よ。練習しておくわね」
髪をアップにした演奏者は、紅いイブニングドレスを着ていた。演奏が始まってもさやかは手をはなさなかった。最初はショパンの「ワルツ嬰ハ短調」が抒情的に演奏された。次いで、同じくショパンの「ノクターン第二番」、「幻想即興曲」が、斬新な解釈を施されてきらびやかに奏でられた。更に、ドビュッシーの「アラベスク第1番」が演奏されて休憩に入った。
喫茶室で紅茶を飲みながら二人は話をした。
後半は大編成のオーケストラがステージで待っていた。ショパンの「ピアノ協奏曲1番」が演奏されると、さやかは泣いてしまい、つられて阿坂も泣いた。
アンコールはショパンの「華麗なる円舞曲 変二長調」だった。そして最前列にいた小学生らしい女の子のリクエストで、ショパンの「小犬のワルツ」が追加されて閉幕した。