アトリエの恋
「怖がらないでね。わたしは……何でもない。ごめんなさいね。春はね、人の心を狂わせるのよ。
幸せってっね、掴み取ろうとすると、すり抜けてしまうものなの。だから、驚かせてはだめよ。
恐る恐る近づいて行って、気がつかないうちに、掌に閉じ込めてしまわないと……」
さやかの瞳が燃えているように見えた。阿坂は彼女の急変に胸を衝かれていた。そして、驚かされた。
手を繋がれてしまったのだ。そして、コンサート会場の入り口の階段に向かって、引かれながら走りだした。こんな夢を、見たことがあると、阿坂は思っていた。その夢をみながら、泣いていたような気がした。
現実が夢を追い越していると、彼は思っていた。
*
広いコンサート会場の客席のほぼ中央に、二人は入った。さやかは座ってからも阿坂の手をはなさなかった。
「子供の頃に……小学校の六年生だったかな、こういうところにまぎれ込んだことがあるよ。知らないおじさんにくっついて入っちゃったんだ」
「小さい頃から音楽が好きだったのよね」