アトリエの恋
阿坂はそれに対して淡々と応えた。
「いえいえ、私の家は貧乏でしたからね、工業高校を出ただけの工場労働者ですよ。一時は受験するつもりで石膏デッサンはやりましたが、殆ど独学なんです」
阿坂はそのことばどおり写真の自動現像機を作る会社の工員である。安月給なので生活は楽ではない。
「そうなんですか。公募展には出品されてますか?」
「そういうことはしてませんよ。今も相変わらず貧乏人ですからね」
「まあ、もったいない。なるべく早く出品されたほうがいいと思いますよ」
「そのうち余裕ができたらチャレンジしたいとは思いますけど、ありがとうございました。ほかの作品も力作揃いですから、ごゆっくりご覧になってください」
阿坂は会釈して控え室に戻った。
案内はがきは絵画教室でも配ったので、彼は訪問者がさやかだと思ったのだった。
少々残念だったものの、決して悪い気分ではなかった。
「知ってる人が来てくれたの?」と、牛島。
「目当ての人じゃなかったので、少し残念かも」
「でも、岡野さん、今日もきれいだったね」と、島崎。
そこへ女性メンバーが三人現れた。阿坂の親衛隊と自称している三人である。そのうちの一人が、フライドチキンの箱を持っていた。
「阿坂さんおなかすいたでしょ。こんなもので良かった?」
笹島礼子という小柄なOLだった。