アトリエの恋
「阿坂さんにお客様です。港の絵について質問したいそうです」
彼を呼びに来たのはその、三枝子だった。彼女は前回同様、今日も受付をしていた。
「質問ですか?苦手なんですけどね」
阿坂はソファーから立ちあがって展示室へ移動した。
そこで阿坂を待っていたのは、やや太めの初老の女性だった。品のある人で、如何にも裕福そうな印象である。パールのネックレスを見ると、初めて会ったときのさやかを思い出させた。
「はじめまして。『谷川賞』の受賞作があんまりすてきな絵なので、作者のかたのお顔を拝見したくなってしまいました」
「谷川賞」というのは「アトリエI」の顧問という形で関わっている画家の谷川紳一郎が、最も優秀な作品に対して毎年受賞作を決めていたが、ここ五年間は連続で阿坂が受賞していた。昨夜のオープニング・パーティーで商品の授与が行われたが、阿坂は今年も仕事のために出席できなかった。
阿坂に質問したいと云う女性は眼に涙をたたえていた。
「そうですか。ありがとうございます」
阿坂は嬉しい気持ちだった。
「ところで、ご出身の美大はどちらですの?」