アトリエの恋
地上に下りたとき、さやかはそう云って微笑んだ。雑踏の近くで路上ライブをしている若者たちがふた組いた。
「昔、やったことがあるんですよ。自作自演でね」
「シンガーソング・ぺインターね」
阿坂は笑った。
「そういうのもいいですね。歌いながら絵を売るんだ」
「わたしは詩集を売ったことがあるの」
「詩ですか。読ませてください」
「一部も売れなくて、泣いちゃったの」
「残ってたら買わせてください。ここがエレベーターです」
ちょうど一階に着いたところだった。扉が開くと若い男女が十人近く出て来た。
「チャンスかも知れません」
さやかの肩に腕をまわした阿坂のそのことばは、さやかの唇を奪うチャンスという意味でもあった。二人だけで入って扉が閉まろうとしているとき、駆けて来るカップルが見えた。阿坂は不本意ながらボタンを押して閉まろうとしていた扉を開かせた。
「済みません。メリークリスマス」
と、男のほうが云った。ほかの三人もメリークリスマスと云い、微笑み合った。
「優しいんですね」と、女のほうが云った。阿坂とさやかは笑顔で応えた。
渋滞している道路がどんどん下がって行き、おおきなガラス張りの窓の向こうは、
夥しい数の宝石をちりばめたような夜景になった。その中にひどく明るい楕円形が目立っている。四人がそれぞれ、その夜景を称賛した。