アトリエの恋
しかし、明日のことを思うと簡単に折れるわけには行かなかった。ほかの知っている画材店となると、電車で三十分以上もかかる。その店に在庫があるという保証はない。
「チントじゃ駄目なんですか?」
「チント」というのは販売価格が格段に廉価だが、合成顔料で作られているものである。
似たような色ではあるものの、発色が弱いのでどうしてもインパクトに欠けるという弱点がある。一方、金属顔料などを主成分とするオリジナルの絵具は、発色は強烈だ。但し、カドミウム系などは毒性の強いものであるため、特に幼児に使わせることは禁物である。
「先生はチントでは駄目だと云っていました」
阿坂は以前、仲間にその絵具を借りようとしたことがあるのだが、驚いたことに彼は断られてしまった。それだけ高価なものなのである。
「じゃあ、共同購入をしましょう。半分づつ所有するという形でどうですか?」
娘は呆れ顔になった。
「半分に切るんですか?そんなことできるわけないでしょう」
「じゃあ、七三でどうですか?先にあなたが絵画教室で使いましてね。それが終わったら私が引き取ります。あなたは三割負担という形です。健康保険みたいですけどね」
阿坂は最後に笑ったが、娘は笑わなかった。
「教室が終わるのは八時半です。そのあと、どこでお渡しすればいいのかしら」