アトリエの恋
聞き取るために、さやかは座っている位置を変えようとした気配だった。ちょうどそのとき、電車に強いブレーキが掛かった。さやかが阿坂に寄り掛かるような形になってしまい、二人の距離が一気になくなった。
(作戦成功!)
阿坂は心の中で叫んだ。
「携帯電話で、もしもし、って云いますね」
「そうですね。繋がったかどうか判りにくいのよね」
「そうです。途中で切れてしまうこともありますからね」
「そうね」
「もしもし、って云うと、もしもし、って応えるわけです」
「ええ」
「もしかしたら繋がってないかも知れないって思うから、また、もしもし、って云うんです。相手の声が聞こえているのに、その繰り返し」
「あるある。うるさい場所だと、余計そうよ」
さやかの眼の色が変わった。
「そうでしょう」
さやかは笑っていた。その笑顔がすぐ傍にあった。身体もぴったりと接し、体温を感じていた。