アトリエの恋
二人は並んで座席に着いたが、少し離れて座った。
「そうですかね。しかし、毎週飲んで帰るなんて、珍しい絵画教室ですよね」
「そうかも知れませんね」
さやかの声は素晴らしく可愛い。そして妖艶な響きでもある。阿坂はそう思った。
「ちょっと、ほかにはないでしょう」
「ええ」
そのあとは沈黙となった。阿坂はさやかを喜ばせるようなことを早く云いたいと思ったが、何も思い浮かばなかった。焦りを覚えている。二人の間には三十センチの隙間がある。
先頭車両の乗客は、全部で十人程度だった。それ以上に接近すれば目立つ存在になるような気がする。
初めて阿坂がアトリエを訪れた晩は、樫村という男が友人の家へ行くのだと云い、三人で乗車した。そのときは三人が並んで座れるスペースはなく、終着駅まで立ったままだった。阿坂はどんな話をしたのか、全く憶えていなかった。時の経つのは早い。あのときは十月の末頃だったが、今はあと一週間で新年を迎えようとしている。
阿坂はさやかの携帯電話の番号を訊き出したいと思っている。とりあえず携帯電話というものを話題にしてみようと思った。
「どこで聞いたか判らないんですけど……」
わざと小声で云った。作戦だった。
「えっ」