アトリエの恋
第2章 懐かしい遊び
午後九時半過ぎの、どちらかといえばローカル系の鉄道では、下りよりは上りの電車が少なかった。上り線の先頭車両に乗ろうとする村上さやかの姿が、ホーム中程のベンチに座っている阿坂浩樹の眼に映っていた。
彼女に敬遠される理由が、彼には解らなかった。さやかのその清楚な佇まいは、
遠目にも際立って見えた。彼女とは、もうふた月も語り合うことがない。
アトリエでは河合雪奈という女性とことばを交わす頻度が高くなっていた。教師の梅田が技巧的な面では殆ど何も教えない。それで写実技法を阿坂がアドバイスすることになる。
阿坂の制作中の様子を黙って見ている人もいれば、積極的に質問をするひとも多い。
自分の場所に呼ぶ人もいる。その筆頭が河合雪奈だった。
逆に、絶対に阿坂には質問をしない人物が二人いた。最長老の村田と、そしてさやかだった。
村田の作には円熟されたものがあった。その完成度の高さには、大家の風格さえ感じられ、口を挟む隙がなかった。
一方、さやかは未熟だった。しかし、その作風、或いは感性の独自性に於いて、我が道を行くというような余裕が感じられた。彼女の作品には、模倣さえ許さない不思議な魅力があるのだった。