悪魔の証明
人とまるっきり同じことは俺への最大の侮辱になった。
いかなる時でも、愉快さが俺の内部に住み着いていた。
どのような道を通っても目的地が等しくなるのは、面白かった。
もしかしたら、俺の愛し方は間違えていたかもしれない。
しかし、確実に彼女を溺愛した。
俺から出てくる言葉や行動は紛れもない真実だった。
よく論理で恋人を別れさせる方法(実際は愛は論理を超えるので、別れない)に彼に彼女の好きなところを言わせる。
その条件に全くあてはまる別の女性がいたら、そちらとも付き合うのか?
というと、彼は答えに窮し、最後は苦し紛れに彼女じゃなくてはいけないと言い切る。
理由はないがとにかく彼女じゃなくてはいけないと。
もし、俺がこのような意地悪な質問をされたらこう言っただろう。
「Mよりも愉快になるなら考える。」
俺は彼女ではなくてはいけないという一般的な理由も持ち合わせながら、
彼女じゃなくても構わないという異常な理由も持っていたのだ。
Mはサークルの仲間だった。
最初はそれほど親密な仲ではなかったが、mixi先生がまたや貢献した。
俺と彼女はマイミク同士だった。
普段は取り留めもないやりとりや、俺の“演技”ばかりだったが、ある日から彼女の投稿がおかしくなっていった。
所謂“病み期”なのだそうだ。
「もう、だめかもしれない。なんかもう嫌だ。・・・・・・・」
投稿がすべては見られない形になっているのは彼女の投稿がそれだけ長文ということだ。
長文ゆえにこちらも気になってくる。
正直、皆が見ている中でよくそのようなことが投稿でいるなと思っていたが、事態はいよいよ深刻らしく、こちらも心配になってきた。
さらに、投稿を見たので足跡もついてしまったので、俺としては気にかけざるを得なかった。(このような類の“悩み”は俺には解決できるものではないし、たいてい女は自己完結するから男は黙って話を聞けばよいと誰かが言っていたのを思い出したが、それでもやはり気になった。)
そこで直接メールをした。
心配しているという旨と、何かあったら連絡して来いと送った。
ただ、一つ了解してもらいたいのは、この時点で俺には下心の類はなかった。
ひねくれている俺だが、人並みの感情も、感覚も持ち合わせていたのだ。
そのような行為が彼女にどう映ったかはわからないが、彼女は俺を優しい人間だととらえているらしいことから判断すると、このような行為は彼女にそう思わせる要因になったのかもしれない。
彼女はよく俺を「すごくいい人」と周りに言っていたことからも推察できる。
いずれにせよ、これを機に彼女との仲は次第に親密になってきた。
彼女の悩みはそこはかとなく答えがないようであったが、いつの間にか自己解決をしていたようだった。
俺としては何もしていないが、感謝の念も伝えられた。
それ以後もなにかと連絡をとっているうちにお互いに恋仲として認識するようになっていった。
ただ、今考えてみると仮に彼女が美しくなかったら、ここまで発展したか疑問だ。
当初、下心はなかったといえるが、次第に彼女の美しさが俺に恋心を生じせしめたのかもれなかった。
大学も慣れてきた頃、やっと夏休みというものがやってきた。
皆、放課の間海外に行ったりする計画を立てていたみたいだった。
俺も例外ではなかった。
特に、俺は積極的に計画をしたわけではなかったが、彼女は熱心に計画をした。
「一緒に夏祭りにいかない?」
いつもはそばの公園でたむろしていた夏祭りも、今年は会場を闊歩することになるらしい。
そんなことが本当に楽しいことなのか想像もできなかったが、俺にはその案件を否決する理由も権利もなかった。
楽しそうに話す彼女を見ていると、これは本当の姿か疑いたくなるが、よく考えてみると、世の中俺みたいにひねくれてる人間ばかりではやっていけない。
社会は大半の人間が正直者だと思っていた。
それでいながら、俺というやつはそのような人間を見下しているところがあった。
俺は彼らを短絡的な人間だと切った。
夏祭りの日になった。
「ごめーん。浴衣の着付けに時間がかかっちゃって。」
彼女は浴衣の準備をしてきたようだ。
俺はそのような準備をする必要はないと思っていたのでしてこなかったが、会場の男を見ると、どうやら皆俺と同じ考えのようだ。
それにしても、浴衣というものは風呂からあがったあと、くつろぐときに着るものなのに、浴衣にしっかり化粧をしてくるのは本来おかしな話だと思ったが、そうは言っても、皆が同じようにしてくるし、美しいと思われるので、おかしくないようだ。
さらに会場を観察すると、多くのカップルが同じ道を行ったり来たりしていた。
不毛といえば不毛だが、きっと彼らはその不毛さが楽しいのだろう。
そして俺もそんな彼らと同じ括りになることに気が付いた。
もしかしたら俺もそんな不毛を繰り返すのかもしれなかった。
「とりあえず、どっかに行こう?」
俺らは予想通り目的もなく歩き出した。
特に目的地もないのに、なぜか彼女との歩幅があうのが不思議だった。
それは実は道なりに歩いているだけだから、当然そうなるはずなのだが。
こうして歩いているうちに次第に愉快になってきた。
俺という存在はこの会場で存在してはいても、誰も気に留めていない。
しかし、俺は彼女を示すことで、俺の存在を示すことができたような気がした。
彼女は俺の身分を保証してくれた。
そんな彼女の願いならば聞き入れるのも苦ではなかった。
ベンチに座るといえば座るし、
何か食べたいといえば、買って食べた。
彼女はその美しさだけで俺を愉快にさせたのだから、それ以上は何も求めなかった。
話がまずくても、俺は一向に介さなかった。
美しさだけが彼女と俺を強固に結び付けていた。
この時間は不毛かもしれなかったが、愉快だったために有意義だった。
夏祭りが終わっても、しばらくはその話題で盛り上がった。
ときおり次の計画をたてた。
ひとたび、あの愉快さを知った俺は次の機会を首を長くして待った。
何か特別なイベントがなくても、楽しみを見つけ出すのが彼女はうまかった。
「なんか、買い物に行かない?別に買いたいものがあるわけではないんだけど。」
夏祭りから一週間後また遊ぶことになった。
町は田舎で、大型の娯楽施設のようなものはなかった。
大学がこんなにも辺鄙な土地にあるとは合格するまでは気が付かなかったくらいだ。
そこで電車を使って、少し大きな街に出ようということになった。
電車とバスを使ってはるばるとやってきたショッピングモールはいわば、大学の人間のたまり場となっていた。
田舎で何もない地域ではどうしても人間が一か所に集まりたがる。
ゆえに、この大きな建物の中でも数人の知り合いと会うことは予想された。
それがまた俺にとっては愉快だったのだが。
とにかくそこで、一緒に買い物をした。
いや、実際は買い物に付き合ってもらった。
よく女の買い物は時間がかかるというが、彼女はそのような習性を知り、自分の買い物は友人の女の子たちと済ませているようだった。
どうやらそのほうが気も使わないとも言っていた。
では、俺といるときは気を使っているのだろうか。